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会社の歴史

初の海外旅行・泣き笑い (2)

ロンドンのホテルに到着するまでの、悪夢のような苦闘物語の後は、まさに旅の楽しさ、醍醐味を満喫しました。 3日目のレディバード社の訪問 (2006年2月27日ブログ参照) では、マルコム・ケリー社長以下重役陣の暖かい出迎えを受け、いかにもイングランドらしい落ち着いた雰囲気の小都市...

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初の海外旅行・泣き笑い

今回のツアー 「スペイン・ポルトガル旅行」 わがベスト10 「20年前に感動したフラメンコ」 に関連し、1988年11月末に体験した、初めての海外旅行について記したいと思います。 いずみ書房を創業してから12年目、念願だった英国レディバード社とタイアップが実現して、レディバード...

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日本読書クラブカタログ(本の価値と楽しみ)

1983年の2月に設立した「日本読書クラブ」は、いずみ書房の営業スタッフが中心となって、普及活動を開始した。これまで、いずみ書房のオリジナル商品だけを販売していた人たちにとっては、これまで販売したことのないたくさんの図書を取り扱うことになった。日本を代表するような出版社から刊行さ...

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「月刊日本読書クラブ」の刊行

1983年2月、「日本読書クラブ」の設立と同時に、会報「月刊日本読書クラブ」の創刊号(B5判24ページ)を発行した。そして、1日に掲載した「入会のすすめ」は次のように、締めくくった。 ☆ 〜〜〜〜〜〜〜〜★〜☆〜★〜〜〜〜〜〜〜〜☆ ● 会員の特典を生活に生かしてみませんか。 日...

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「日本読書クラブ」の設立

1983年2月、新しい型の読書運動の組織「日本読書クラブ」を設立した。事務局を「いずみ書房」の社内に置き、理事長に「せかい伝記図書館」の執筆の中心となってくれた童話作家の有吉忠行氏にお願いした。氏は、全国学校図書館協議会の編集部長を歴任し、「ブッククラブセンター」という読書運動の...

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「説得」から「納得」の営業へ

いずみ書房のフランチャイズ販売組織にかげりが見えはじめたのは、1983年頃だったろうか。訪問販売という販売手法は、読書や家庭教育に無関心な母親に、幼児期の子育ての大切さを知らせるという点で、たいへん重要な役割をはたしてくれたと思う。私は、営業にたずさわる人たちの基本的な理念にして...

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英国レディバード社を訪問

今思い起こすと、「レディバードブックス特選100点セット」を刊行した1987年から数年間が、英国レディバード社の最も繁栄していた時期だったように思う。マルコム・ケリー社長のもと、幹部も社員も生き生きと仕事に取り組み、次々と新企画を打ち出していた。1988年の晩秋、私はコンテストで...

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キーワード子ども英語教室

「レディバード図書館」の出版契約の成立以後、当社は急速に英国レディバード社との関係を深めていった。1985年3月には、当時のレディバード社社長のマルコム・ケリー氏が、当社の三鷹オフィスを訪問してくれ、以後、毎年のように訪日してくれるようになった。そして、希望すれば、レディバード社...

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示談の成立

間もなく裁判所から、公判の案内があった。この件に関しては、当時の樫村社長にすべて担当してもらった。争いごとに関しては、あまり情実にとらわれず、冷静沈着であるべきと考えたためである。第1回目の公判にJ・ライフのY社長は弁護士を伴って出廷し、手形に個人保証をした覚えがないこと、J・チ...

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J・ライフのこと

1983年の年末頃のことだったろうか、ある雑誌を読んでいたところ、J・ライフという会社が「マルチ訪問販売」という手法で、羽毛ふとんを中心に大躍進しているという。同年2月期に400億円を売り上げ、1984年には1000億を越えそうな勢いという。私はこの記事に釘づけになった。というの...

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名曲と大音楽家の伝記

拠点長会の席上で語った内容の第7回目・最終回。 「せかい伝記図書館」とは、セミクラシックの名曲と結びつけるのがよいと思います。たとえば第1巻目をとりあげただけでも説得力のあるテーマをみつけることができます。この巻には、世界の3大音楽家といわれるベートーベン、モーツァルト、シューベ...

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曲に秘められた「歌の心」

拠点長会の席上で語った内容の第6回目。 私は、「みんなのおんがくかい」を企画したとき、まっ先に考えたのがひとつひとつの歌に解説をつける、ということでした。どの歌にも人々の心を打つものがある、だからこそ長い年月歌いつがれてきたはずです。これは、昔話が伝えられてきたのと非常に似ている...

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「証誠寺のたぬきばやし」伝説

拠点長会の席上で語った内容の第5回目。 音楽の先生はそのあと「しょうじょうじのたぬきばやし」 の話をしてくれました。雨情は歌の取材のために、千葉県木更津市の郊外にある証誠寺をおとずれたとき、住職から寺につたわる伝説を聞いたそうです。 むかし、三味線の大変じょうずなおしょうさんが...

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童謡「しゃぼんだま」の真実

拠点長会の席上で語った内容の第4回目。 「みんなのおんがくかい」 が、他の「いずみ文庫」(ポケット絵本シリーズ)とは異質のシリーズではないということを申し上げたいと思います。むしろ、「みんなのおんがくかい」 を基本に「童話」「科学」「ワールド」「伝記」すべてに結びつけ、組み合わ...

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子育てと絵本の役割

拠点長会の席上で語った内容の第3回目。 子どもと、知的なあるいは情緒的な会話を行うことが、とても大きな教育効果をもたらすことは充分にわかっていても、いざそういう会話を行おうという段階になると、ほとんどのお母さんは、自分がどんなに無力であるかを知るに違いありません。そのための適切な...

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重要さを増す母親の役割

拠点長会の席上で語った内容の第2回目。 これまでのオリジナルラインナップ「いずみ文庫」4シリーズは、どちらかといえば本格的に活用するためには、生後2〜3歳になるまで待たねばならなかったのに対し、「みんなのおんがくかい」は、 子どもの誕生と同時に活用できる商品であるという点を強調し...

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親子読書ライブラリー

拠点長会の席上で語った内容の第1回目。 「みんなのおんがくかい」 は、お約束通り5月末(1983年)に完成いたしまして、拡売にはげんでいただいていると思いますが、どんな感想をお持ちでしょうか。内容面では、非常に高い評価をいただいて嬉しく思っております。有吉忠行、西田照子さんお二...

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全国拠点長会の席上で

「みんなのおんがくかい」が完成した1983年当時、当社の販売組織は、依然としてフランチャイズシステムによる支社や営業所を全国に設置し、そこから個々の家庭へ訪問販売する手法を中心に展開していた。当時、いずみ書房が拠点をおいていた都市は、北から盛岡、秋田、仙台、福島、宇都宮、前橋、浦...

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全国の4割の地区に販売網

今、手元に1977年4月発売号の「月刊・セールス」(ダイヤモンド社刊)に掲載の1ページ広告がある。全国42支社の募集とあるから、わずか2ヶ月で18地区が決定し、全国29地区と、一気に販売組織が拡大している様子が見てとれる。 ただし、どの地区も順調にいったわけでなく、大半が意気込み...

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なけなしの土地を売却

私は1972年、まだ社会思想社に勤務していた頃、将来の居住を目的に、妻と共同で80坪ほどの土地を購入していた。当時、千葉県流山市が「南流山再開発地区分譲」ということで、新聞に大々的に広告をしていた。今後これほど安い物件は、首都圏では出ないといううわさもあり、資料を請求して検討して...

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入札前の買戻しは可能か

1977年3月22日に行われるという公開入札の案内を受け、事前に「ポケット絵本」の買戻しができないかを交渉するため、J・チェーンの破産管財人の事務所を訪れた。 K管財人は、当社の2500万円にも上る債権額に理解を示してくれはしたが、破産管財人の使命は、いかにJ・チェーンの資産を高...

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悪夢ふたたび

J・チェーンが1976年11月に倒産したことは以前触れたが、倒産というのは通常、不渡り手形を2回出すことにより、銀行取引が停止されることをさす。その後、債権者や株主などが利害を調整しながら会社更生の道をたどるか、会社を整理する道(和議)か、破産に向かう。 破産とは、債務者が経済的...

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「ポケット絵本」推薦文の内容

19日、「ポケット絵本」(現「せかい童話図書館」)に対し、各界の有名人7名から推薦文をいただいたと記したところ、具体的にどんな内容だったのか、という問い合わせを何人かからいただいた。そこで、その全文を掲載してみることにする。 既成絵本への大胆な挑戦 文芸評論家・山室 静 このシリ...

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フランチャイズ販売組織順調に拡大

いずみ書房独自のフランチャイズ販売組織の告知は、口コミによる他に、当時ダイヤモンド社が発行していた月刊雑誌「セールス」に1ページ広告を掲載して公募を開始した。手元に1977年の2月発売号の掲載広告があるが、次のようになっている。 ただ今、全国60支社長募集中(募集地区を明記)。1...

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ビデオ絵本

今や世界的な電機メーカーとなった「ソニー」が、1976年に家庭用ビデオテレビを発売した。定価228,000円は、決して安い価格ではなかったが、100万円以上もした業務用に比べると格段に安くなったことから、マスコミでの報道や、莫大な広告費を投入してのPRも過熱していた。そのソニーが...

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フランチャイズ販売組織の誕生

J・チェーンの倒産により、これまで制作に協力してくれていた印刷、製本業者とのつながりは絶つことになったが、「捨てる神あれば、拾う神あり」のことわざ通り、新たな協力業者がほどなく現れた。絵本の製版を手がけてくれていた静岡市のN社の社長に、窮状を嘆いたところ、気の毒に思ってくれたのだ...

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J・チェーンの倒産

1976年11月1日J・チェーンは手形の不渡りを出して倒産してしまった。J総業の倒産後、交渉によりJ・チェーンが振出元になって書き換えられ、毎月100万ずつ25ヶ月分(25枚・総額2500万円分)の手形を入手していた。これらの肩代わりしてもらった手形も、1度も決済されることなく、...

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販売組織は単純に

F商事の事務所で、運命的出会いをしてから何日かたった頃、長野県を手がけたいといったY氏から電話がかかってきた。F商事の社長は、いずみ書房の「発売元」になったというようなことをいっているが、事実なのかという問い合わせである。私は、次のように回答した。 F商事には、みんなに会う機会を...

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同志との出会い

間もなくF商事から連絡があり、J・チェーンの加盟店で「ポケット絵本」の販売に力をそそいでくれている方々に声をかけたところ、数人が応じてくれたという。約束の土曜日の夕方、F商事の事務所でみんなに初めて面談することになる。ほとんどはすでに顔なじみのようで、私が到着した頃はかなり話が盛...

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フランチャイズチェーン・システム

フランチャイズチェーン・システムというのは、アメリカで1960年代に生まれた販売手法で、1970年代の半ばころから、日本でも多くの業種で活発に導入されるようになった。商品やサービスについて特長をもつ企業が、チェーンの加盟店に対し、一定地域内において、その商品やサービスの独占販売権...

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全巻一括納品、分割払が不可欠

私は、今後「いずみ書房の販売組織」をどういう仕組みにすればよいかと、自分なりに構想してみた。J・チェーンのように取扱商品が30点近くもある会社なら、それなりの売り上げも期待できるだろう。ところが当社の商品は、当面「ポケット絵本」のみである。 W氏ほどのセールス力があるなら、一人で...

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F商事を訪ねる

W氏のセールス現場に立ち合わせてもらい、いかに一般家庭に「ポケット絵本」を売り込めばよいかのイメージをつかんで勇気を得た私は、J・チェーンのことを思い出していた。系列会社のJ総業が倒産した以上、どんなに頑張っても2、3ヶ月後にはJ・チェーンも破綻してしまうだろう。そうなると、多額...

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W氏のセールストーク

あの日の出会いから3日後、W氏は約束通り私を同行して、セールスの現場を見せてくれた。セールスマンというのは、ふつう、仕事の現場を人に見せるのをいやがるものだが、幸いW氏は人が同行しても一向に苦にならないという。むしろ、人がいることによって張り合いも出るし、「今日は新人を教育中です...

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「ポケット絵本のねらい」について

W氏に手渡した冊子の内容はどんなものかという問い合わせがあり、原文はかなり長いものなので、そのポイントをここに記載してみることにする。 ◇ 昔話の原話をできるかぎり忠実に 「三びきのこぶた」という有名な英国のむかし話がある。ジェイコブズというイギリスの民話収集家が19世紀末に「イ...

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2時間で3オーダー

「酒井さん、この絵本は売れますよ。15年以上前に、世界文化社という会社からでていた『科学ブック』というシリーズがありましてね、これが毎日のように1日7オーダー、8オーダーと契約が取れたことがありました。あの快感を久しぶりに思い出しました」 ニコニコしながらW氏は、取ってきたばかり...

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思いがけぬ出会い

私は1976年当時、板橋区にある高島平団地という新興高層団地の11階に住んでいた。賃貸の2DKだった。独立した年に生まれた長男と、いずみ書房を興した年に生まれた次男と、年子の子どもがいた。会社がうまくいっていたなら、社会思想社時代に知り合い社内結婚した妻・国子も退社し、いずみ書房...

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新規取引先を求めて

1976年8月末、離れ業ともいえる手法で倒産をまぬがれたことを記した。しかし、それからしばらくは毎月数百万円の手形決済が待っているし、J・チェーンの売り上げがなくなってしまったわけだから、他の方法で売り上げをあげなくてはならない。それでも、これまでのようにJ・チェーンに気兼ねをす...

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成功者となるための心構え

5月30日にブログを開始して以来、6月末まで17回にわたり、創業期の大苦戦物語を綴ってきた。今思い返しても、よくもあの苦境が乗り越えられたかと思う。まさに、若さの賜物だといえよう。しかしこれも、30余年間のいずみ書房の歴史にとっての序章、シチュエーションを変えながら、それに近いこ...

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すべりこみセーフ

樫村社長に200万円を受領したことを報告し、月末までに残りいくら用意すればよいかとたずねると、あと500万円はほしいという。「ポケット絵本シリーズ」は、J・チェーン分として納品した以外に、いずみ書房の奥付分を各集3000セットほど制作していた。これは、以前、保育園を中心に予約をと...

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為せば成る

不渡り手形の代償として、当方の弁済要求に対し、はじめのうちは不可能一点張りのJ・チェーンの幹部たちだったが、やがて心が通じだし、一両日のうちに入金の見込みがあるので待機してほしいという。私は、車の中で待っているからと伝えた。1976年8月下旬のこと、残暑が身にこたえたが弱音をはく...

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J総業の倒産

1976年8月20日、ついに運命の日を迎えた。手形の決済というのは、同一地域の金融機関が手形交換所に手形や小切手など有価証券を持ち寄り、お互いに提示しあって決済する仕組みになっている。通常、午後3時頃までにこれが行われるため、3時半すぎに銀行に問い合わせると結果を教えてもらえた。...

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「J・チェーン訴訟される」の報道

1976年3月4日、NHKテレビの報道を忘れることは出来ない。J・チェーン本部が加盟店から訴訟を起こされたというニュースである。このニュースはすぐに新聞各紙にも載った。訴訟をおこされたことよりも、J・チェーンが「マルチ商法」という部分が強調されていたのにはこたえた。すでに「ポケッ...

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J・チェーンの実態

J・チェーンの決起大会にはじめて参加してみて、その熱気とチームワークあふれる組織にひとまず安心した。ちょっとやそっとでは崩壊することはないだろう、と確信したためでもある。ただし、帰りの新幹線の中で、私の座席のすぐうしろにJ・チェーンの加盟店の人たちがいて、「こんなことで貴重な時間...

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J・チェーン社長のカリスマ性

J・チェーンが「マルチ商法」といううわさが広がり始めた頃、Y社長は何か手を打たないとまずいと考えたのだろう。全国組織の引き締めと、納入業者に安心感を与えるため、国際会議が開かれることで有名な「国立京都国際会館」を借り切って、決起大会を開催することになった。この大会で、私ははじめて...

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J・チェーンはマルチ商法?

J・チェーンの子会社J総業との売買契約が成立したことで、じっくり絵本の制作に打ち込める時間ができた。数ヶ月をかけてほぼ全巻刊行の見通しも立ち、最後の追い込みにかかっている頃だった。友人の新聞記者から、J・チェーンにちょっと変なうわさが入っているけど知っているかという電話が入った。...

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80万冊という怖いほどの契約

業界に詳しい人に聞いてみると、雑貨を取扱う会社というのは、定価の2掛、3掛が常識だから、返品条件はあるものの70%前後で取次店に納入する書籍とはまったく違う世界、しっかりソロバンをはじいて見積りを出さないと相手にされないとおどかされた。幸い、樫村社長は、製薬会社に勤務していたころ...

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J・チェーン

パチンコの景品というアイディアは良かったものの、長続きはしなかった。東京や大阪のような大都市の一部で評判になったものの、絵本を景品にするというユニークな発想はあまり現場では理解されず、地方では見向きもされなかったという。景品を取り扱う商社の担当者に泣きつかれて、買い取りの約束では...

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「日本遊戯協会」とは?

「何か困ったことがあったら、職業別電話帳を最初から最後までめくってみることだ。何らかのヒントがあるはず。あの分厚い電話帳には、ありとあらゆる業種がくまなく入っている上に、連絡先まで教えてくれているのだから・・・」。社会思想社の編集部にいたころ、著者だったT氏の言葉を思い出していた...

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無認可保育園に活路を求めて

幼稚園がだめなら保育園に販路を求めようと、まず公立の保育園のいくつかに当たってみた。幼稚園とちがって、保育園の保母さんの何人かは興味を示してくれて、個人的に予約をくれる人が少しずつ現れたが、公立保育園では原則として園児にあっせんすることは禁止されているという。そのため、大量予約と...

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幼稚園ルートへの挑戦

「せかいの童話シリーズ」の販売先として、多くの人が考えることは、幼稚園へ売りこむということだった。当然、私もそう考えて行動をおこした。園に顔のきく知り合いに紹介をもらい、朝から夜遅くまで営業活動に専心した。全巻予約申込書を用意し、園を通じて園児のいる家庭へ配布してもらえないかと頼...

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文庫判絵本4冊セットの売りかた

「いずみ書房」に入社した人たちへの社員研修のスタートは、私がやることにしている。会社の出版理念を、最初の段階でしっかり知ってもらいたいためである。出版流通のしくみや、当社が取次店→書店という一般的な流通に頼らない独自の歩みをしてきた理由など、基本的なことを講習した後、「いずみ書房...

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出版業には著作権意識が不可欠

H社長の行動力はすさまじく、印刷を終えて製本作業にかかったばかりの見本を持つと、高級外車に乗って全国を飛び回り、3ヶ月ほどで全セット(26万冊)を完売してきてしまった。すぐに再版ということになるが、簡単にはいかない。日本にフィルムがあれば、1、2ヶ月で完成するが、版があるのは英国...

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英国レディバード社との出会い

私が英国レディバード社の刊行する「レディバード・ブックス」と、神保町にある洋書店で出会ったのは、子ども向け文庫判シリーズ企画が受け入れてもらえず、悶々としているころのことだった。レディバードの絵本シリーズは、文庫判よりちょっと縦長で、1冊56ページ、オールカラー、コンパクト判の上...

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子ども向け文庫シリーズが作りたい

大学を卒業してすぐに、私は「社会思想社」という出版社に入社した。「現代教養文庫」という文庫判のシリーズを刊行する出版社で、当時すでに500点近くを出版する中堅クラスの会社だった。今でこそ文庫といえば、百社に近い出版社が手がけているが、当時文庫といえば、岩波書店、新潮社、角川書店の...

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「せかい童話図書館」刊行の原点

文庫判上製のシリーズ「せかい童話図書館」を刊行することが、私のいずみ書房創業のキッカケだった。なぜ出版社を起こしてまで、童話のシリーズを刊行することになったのか、それにはいくつかの理由がある。そのひとつは、幼児・児童期の体験が原点としてあると思う。私は、7人兄弟の四男で下に3歳違...

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)