H社長の行動力はすさまじく、印刷を終えて製本作業にかかったばかりの見本を持つと、高級外車に乗って全国を飛び回り、3ヶ月ほどで全セット(26万冊)を完売してきてしまった。すぐに再版ということになるが、簡単にはいかない。日本にフィルムがあれば、1、2ヶ月で完成するが、版があるのは英国。絵の部分を印刷したシートを、英国の港から東京港まで船で輸送、日本での印刷と製本ということになり、完成までにどんなに急いでも半年は覚悟しなければならない。私は、レディバード社の刊行物はヨーロッパの昔話が中心になっているが、日本にも「ももたろう」「はなさかじじい」「竹取物語」(かぐやひめ)など、グリムの昔話やアンデルセン童話などにもひけをとらない昔話や童話がたくさん存在すること。レディバード・ブックスを参考に日本版絵本を制作し、レディバード社に気に入られて「レディバード・ブックス」に組み入れてもらえる可能性も残されている。それがだめでも、H社長の経営するA社が発行元になって売り出せば、日本でもきっと受け入れられるはず、と助言した。この助言は受け入れられ、私はすぐに編集作業にとりかかった。一方A社では、レディバード童話シリーズ日本語版の評判が高まり、販売先から催促の電話が殺到しうれしい悲鳴をあげていた。ところが、再版の完成まで半年も待てないと判断したH社長は、私に内緒で絵本を写真にとり、あろうことか海賊版を作りはじめたという。私はこれを知り、H氏とこれ以上仕事を続けることは無理だと感じ、袂を分かつ決意をした。後日談だが、悪いことはできないもので、結局、正義感に燃える社員のひとりがH社長の不正を訴え、レディバード社の知ることとなって国際裁判にかけられてしまったそうだ。倉庫から1冊も出荷されないまま在庫はすべて廃棄処分を命じられ、それが遠因となって倒産することになったという。