私が英国レディバード社の刊行する「レディバード・ブックス」と、神保町にある洋書店で出会ったのは、子ども向け文庫判シリーズ企画が受け入れてもらえず、悶々としているころのことだった。レディバードの絵本シリーズは、文庫判よりちょっと縦長で、1冊56ページ、オールカラー、コンパクト判の上製本なのに、当時の定価で100円程度、驚くほど廉価だった。しかも、昔話ひとつとっても、日本の多くの絵本のように伝承されてきた話を省略せず原話の味を生きいきと記述していること、泰西名画のようにしっかり描きこまれた絵に感銘を深くした。さらに調べてわかったことは、そのシリーズが本国のイギリスばかりでなく、毎年1千万部以上を、世界中に普及しているという事実だった。欧米の人たちは、子どもたちが寝る前の時間をとても大切にしていて、子どもたちを傍らにおいて本を読んであげる習慣が多くの家庭にあった。毎晩読んであげるには、大きな絵本より、小さくて取り扱いやすいほうがいいし、読んであげる大人もいっしょに楽しめる充実した内容が求められていたのだ。世界の絵本の主流はコンパクト判にあると確信を深めた私は、独立する意思を固め、この企画に賛同してくれる会社を探しはじめた。まもなく東京・板橋区内で印刷業を営むH氏と知り合うことになる。大手印刷会社の下請けをする印刷業というのは、将来に不安のある業種と考えていたH社長は、出版に挑戦してみないかという私の提案に賛同した。当時は、第1次オイルショックの頃で、日本中にトイレットペーパーがなくなるほど深刻な用紙不足に見舞われていた。印刷用紙とて例外ではなかった。英国レディバード社にかけあうと、絵本の絵の部分だけを印刷したブランクシートを販売することができるという。さすが英国という国は、自国だけを販売のターゲットにしていない。そのブランクシートにフランス語を刷り込めばフランス語版の絵本ができるし、ドイツ語だったらドイツ語版の絵本になるという具合である。当然日本語を刷り込めば日本語版の絵本が完成するわけだ。さらに合理的にできているのは、1枚のシートで1冊の本が出来上がる仕組みになっていた。H社長はすぐに英国に飛び、グリムやアンデルセンの名作、ヨーロッパの昔話を中心とした童話のシリーズのブランクシートを26点、各1万シート、計26万冊分購入する契約をして帰国した。すぐに、私は日本語版の編集を引き受け、半年後に無事完成させた。