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「元祖・プロカメラマン」 上野彦馬

今日8月27日は、写真草創期の日本で、プロのカメラマンとして活躍した上野彦馬(うえの ひこま)が、1838年に生まれた日です。

長崎奉行所の蘭学者で時計御用師上野俊之丞の子として生まれた彦馬は、化学や医学にも通じた父のもとで育ち、豊後日田藩(大分県)の広瀬淡窓の私塾咸宜園で学び、1858年、20歳でオランダ軍医ボンベを教官とする長崎・医学伝習所で、舎密学(せいみがく=化学)や自然科学を学びました。このとき、蘭書から湿板写真術を知り、同僚で津藩士の堀江鍬次郎とともに蘭書を頼りに研究を重ねました。

やがて、材料の揃わなかった写真機や感光剤に用いられる化学薬品も自分たちで作り、写真術の研究を深めていたところ、ちょうど来日したプロの写真家であるロッシェにも学び、堀江とともに江戸に出て、津藩主の屋敷を拠点に撮影修行を重ねました。1862年には、堀江と共同で化学解説書『舎密局必携』を著しました。この本は、日本初の西洋化学入門書で、明治初期まで化学教科書として使用されました。

1863年、長崎にもどった彦馬は、日本初の写真館「上野写真撮影処」を開業すると、はじめのうちは、写真をとられると魂をとられると警戒されたものの、外国人客の評判を聞きつけるうち、なじみとなる人もふえて繁盛しました。私たちがよく目にする、坂本龍馬、高杉晋作ら幕末に活躍した若き志士をはじめ、伊藤博文ら明治時代の高官、名士の肖像写真の多くは、彦馬が撮影したものです。また、維新後の1874年、金星の太陽面通過の観測写真 (日本初の天体写真)、1877年の西南戦争従軍撮影(日本初の戦争写真)など、その写真は歴史的、文化的にも高く評価されています。

また、ウラジオストク、上海、香港など海外にも支店を置き、写真業を繁栄させたほか、後進の指導にも積極的に取り組み、富重利平や田本研造ら多くの門人を育てました。


「8月27日にあった主なできごと」

紀元前551年 孔子誕生…古代中国の思想家で、「仁」を重んじる政治を唱え、たくさんの弟子を育てた孔子が生まれました。

663年 白村江の戦い…当時朝鮮半島では、新羅(しらぎ)が唐(中国)の力を借りて、百済(くだら)と高句麗(こうくり)を滅ぼして半島を統一しようとしていました。百済から援軍を求められた斉明天皇は、日本水軍を援軍に送りましたが7月に病没、かわって中大兄皇子が全軍の指揮にあたりましたが、この日、白村江(はくすきのえ)で、新羅・唐軍を迎え撃って奮闘するものの、翌日に敗れてしまいました。

1714年 貝原益軒死去…江戸時代の初期、独学で儒学、国文学、医学、博物学を学び、わが国はじめての博物誌 「大和本草」 などを著わした貝原益軒が亡くなりました。
投稿日:2014年08月27日(水) 05:42

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)