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「南アメリカの解放者」 ボリバル

今日12月17日は、南米大陸のアンデス5か国(ベネズエラ・コロンビア・エクアドル・ペルー・ボリビア)を、スペインから独立に導いた革命家のボリバルが、1830年に亡くなった日です。

1783年、スペイン統治下にあったベネズエラのカラカスに名家の子として生まれたシモン・ボリバルは、家庭教師のひとりからヨーロッパの啓蒙思想家の教えを受けました。幼くして両親を亡くしますが、1799年スペインにいたおじの後見のもとで教育を受けながら、ヨーロッパ各地を旅行して見聞を広めました。そして遊学中に知りあったスペイン人のマリアと現地で結婚、妻を連れてベネスエラに帰国しました。ところが1803年、熱帯の気候に耐えられなかったマリアはわずか6か月で死去し、1804年にボリバルは、傷心のままヨーロッパを訪れますが、南アメリカ大陸にスペインからの独立の機運が熟しているのを知ると、1807年にカラカスに戻りました。

1810年に中南米諸国で、スペインからの独立運動がおこると、ボリバルはイギリスに革命の支持を取り付けるために派遣され、その説得は不成功に終わるものの、イギリス政治制度から多くを学びました。1811年にベネズエラに帰国すると、まもなくベネズエラは独立を宣言、ボリバルはベネズエラ国軍に入隊しました。しかし、将校の裏切りやカラカス大地震による被害は大きく、1年後に降服したため、徹底抗戦を誓うボリバルは、今のコロンビアの都市カルタヘナに逃れました。

その後、多くの困難な戦いをへて、1819年8月にボヤカの戦いでスペイン国王軍を破り、コロンビアを独立させます。同年12月には、ベネズエラ・コロンビア・エクアドルからなる大コロンビア共和国を成立させて、初代大統領になりました。ボリバルの志はこれで終わることなく、1824年にアヤクチョの戦いでスペイン軍に大勝してペルーを解放すると、翌年はアルト・ペルーを解放して、ボリバルの名にちなんだ「ボリビア」として建国させました。

その後ボリバルは、旧スペイン領中南米諸国の連合を構想し、1826年にパナマ会議を召集しますが、コロンビアに内戦が勃発したり、部下の裏切りなどもあって1830年に首都ボゴダを去り、結核に侵されたこともあってサンタマルタに静養中に亡くなりました。


「12月17日にあった主なできごと」

1772年 ベートーベン誕生…『交響曲第5番』(運命)『交響曲第9番』(合唱)などの交響曲、『月光』『悲愴』などのピアノ曲のほか、管弦楽曲、歌劇、声楽曲など各方面にわたる作品を遺した、クラシック音楽史上最も偉大な作曲家の一人であるドイツの作曲家ベートーベンが生まれました。

1903年 世界初飛行…アメリカのライト兄弟は、動力をつけた飛行機で、人類ではじめて空を飛びました。

1945年 女性に参政権…衆議院議員の選挙法改正案が公布され、女性が参政権を獲得しました。翌年4月10日に行なわれた総選挙では、82名の女性立候補者のうち39名が当選をはたしました。
投稿日:2014年12月17日(水) 05:33

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)