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「現代舞踊の父」 石井漠

今日12月25日は、わが国の舞踊界の先覚者として独自の「創作舞踊」に取り組み、たくさんの後継者を育てた石井漠(いしい ばく)が、1886年に生まれた日です。

いまの秋田県三種町に生まれた石井漠(本名・忠純)は、旧秋田中学時代にストライキに連座して退学になり、小坂鉱山の庶務課に短期間勤務後、文学を志して1907年に上京しました。大町桂月や小松耕輔の門をたたくものの受け入れられず、同郷の小説家小杉天外に弟子入りしました。しかし、自ら文学的才能に見切りをつけると、音楽家になろうと帝国劇場管弦楽団の団員見習いとなり、帝国劇場の歌劇部開設に伴って第1期生として歌劇部に入部しました。三浦環から声楽を、イタリア人ローシーから古典バレーの基礎を学び、帝劇オペラに出演するようになります。やがて舞踊に興味を持ち、創作舞踊をはじめました。

1915年、ヨーロッパから帰国していた小山内薫や山田耕筰とともに劇団「新劇場」をつくると、創作舞踊を「舞踊詩」と名づけて本格的な舞踊研究に取り組みはじめました。1917年には浅草オペラ旗揚げに尽力し、大衆向けの喜歌劇で成功をおさめます。しかしそれに飽きたらず、さらなる高みをめざして1922年から4年間、義妹を連れてヨーロッパやアメリカで発表会を開くうち、納得できる成功をおさめて帰国しました。

1928年には、日本人に適した新しい舞踊を創りあげるため、自由が丘に「石井漠舞踊研究所」を開設し、谷桃子、石井みどり、大野一雄、崔承喜ら優れた門下生を多数輩出させ、眼を患いながらも、『山を登る』『人間釈迦』『囚われた人』『日記の一頁』など数多くの作品を残しています。

1955年には、舞踊界の発展に尽くした功績により、新設された紫綬褒章の第1号受章者となり、1962年に75年の生涯を閉じました。作曲家の石井歓や石井真木は、漠の息子です。


「12月25日にあった主なできごと」

800年 カール大帝即位…カール大帝 (シャルルマーニュ)は、この日聖ピエトロ寺院で、ローマ教皇からローマ皇帝として戴冠されました。大帝は、ゲルマン民族の大移動以来、混乱した西ヨーロッパ世界の政治的統一を達成、フランク王国は最盛期を迎えました。

1642年 ニュートン誕生…万有引力の法則、数学の微積分法、光の波動説などを発見したイギリスの物理学者・数学者・天文学者のニュートンが生まれました。

1897年 赤痢菌の発見…細菌学者志賀潔は、この日赤痢菌の病原菌を発見したことを「細菌学雑誌」に日本語で発表しました。しかし、当時の学会はこれを承認しなかったため、翌年要約論文をドイツ語で発表、この論文で世界的に認められることになりました。

1926年 大正天皇死去…1921年には当時20歳だった皇太子・裕仁親王が摂政に就任していましたが、この日大正天皇が亡くなり、裕仁親王が天皇の位を受けついで「昭和」となりました。

1928年 小山内薫死去…明治末から大正・昭和初期に演劇界の発展に努めた劇作家、演出家の小山内薫が亡くなりました。

1977年 チャップリン死去…イギリスに生まれ、アメリカで映画俳優・監督・脚本家・プロデューサーとして活躍したチャップリンが亡くなりました。
投稿日:2014年12月25日(木) 05:38

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)