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児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ 最近の投稿

2017年版 2月22日はこんな日


● 今日(2月22日)の主なできごと

1585年 天正遣欧少年使節がローマ教皇に謁見……1か月ほど前に長崎を出港した伊東マンショら4名は、聖ピエトロ寺院の帝王の間で教皇グレゴリウス13世に公式謁見。ローマ市民の熱烈な歓迎を受けた。

1848年 フランス2月革命……フランスの首都パリで、選挙改革を求める集会が禁止されたことに抗議した労働者や学生がデモ行進やストライキを行ったことで、国王が退位し、第2共和制がスタートした。革命はヨーロッパ各地に伝わり、ナポレオン失脚後の「ウィーン体制」(1789年のフランス革命以前の状態を復活させる) の崩壊につながった。

1989年 吉野ヶ里遺跡……佐賀県にある「吉野ヶ里」の発掘調査の結果が発表された。国内最大規模の弥生時代後期の環濠(かんごう)集落の跡で、広さは約40ヘクタール(東京ドームの13倍)もあり、物見やぐらや大御殿、青銅器工房などが見つかった。


● 今日の主な記念日・恒例日

世界友情の日……ボーイスカウト・ガールスカウトの創始者パウエル夫妻共通の誕生日(1857年2月22日)にちなんで、1963年のボーイスカウト世界会議で制定、1965年から実施。

猫の日……「猫の日制定委員会」が、全国の愛猫家からの公募により「ニャン(2)ニャン(2)ニャン(2)」のごろあわせから、1987年に制定。
 

● 今日生まれた人

1732年 ワシントン……アメリカ合衆国初代大統領。イギリスからの独立戦争総司令官。

1788年 ショーペンハウアー……ドイツの哲学者。代表著作『意志と表象としての世界』など。

1810年 ショパン……ボーランドの作曲家。代表作『幻想即興曲』『華麗なる大円舞曲』『子犬のワルツ』など。ピアノの詩人。

1857年 ヘルツ……ドイツの物理学者。電磁波の存在を実証。周波数の単位Hz(ヘルツ)の名の由来。

1864年 ルナール……フランスの小説家・詩人・劇作家。代表作『にんじん』『博物誌』『ルナールの日記』など。

1874年 高浜虚子……明治・大正・昭和期の俳人・小説家。

1884年 三浦環……明治・大正・昭和期のオペラ歌手。『蝶々夫人』のプリマドンナとして世界的名声。


● 今日亡くなった人

622年 聖徳太子……飛鳥時代の政治家。「17条の憲法」「冠位十二階」の制定、「遣隋使」の派遣など。

1239年 後鳥羽天皇……第82代天皇。鎌倉幕府に対して討幕の兵を挙げ(承久の乱)敗れ、隠岐島へ配流。

1512年 アメリゴ・ヴェスプッチ……イタリアの探検家。南米大陸探検。「アメリカ」の名の由来。

1875年 コロー……フランスの画家。代表作『真珠の女』『モルトフォンテーヌの思い出』など。

1985年 米山正夫……昭和期の歌謡作曲家。代表作『森の水車』『リンゴ追分』『津軽のふるさと』『山小舎の灯』『三百六十五歩のマーチ』など。


● 過去のマイブログ「2月22日」のテーマ

2013年 「おもしろ古典落語」107回目 『初音(はつね)の鼓(つづみ)』
骨董好きな殿さまのところへ、出入りの道具屋があやしげな鼓を売りこみにきました。家老の三太夫が応対します。「道具屋の金兵衛か」「どうもご無沙汰いたしまして」「あー、おまえはご無沙汰したほうがいい」「はぁっ?」「いつもわけのわからないものばっかり売りつけおって、困ったもんだ」……。

2012年 『にんじん』 のルナール
『にんじん』『博物誌』『ルナールの日記』などを著わしたフランスの小説家・詩人・劇作家のルナールが、1864年に生まれた日です。フランス中部シトリー村の村長の家に生まれたジュール・ルナールは、パリの高校を卒業後に、会社員や家庭教師をしながら、詩や小説を書きはじめました。1889年に文芸雑誌の創刊に力をそそぐうちチャンスをつかみ、この雑誌にたくさんの詩や物語、評論を載せ、知名度を高めました……。

2011年 『真珠の女』 のコロー
詩情あふれる森や湖の風景画、『真珠の女』などの人物画の傑作を描き、次代の印象派の画家たちに多くの影響を与えたフランスの画家コローが、1875年に亡くなった日です。コローの生きていた時代のフランスは、革命、ナポレオン戦争、王政復古、プロシア・フランス戦争、パリコミューンなど、政治的にも社会的にも激動期で、多くの画家たちもその荒波に翻弄されましたが、コローは、79年の長い生涯を通じて、おだやかに、絵ひとすじに生き抜いた人でした……。

2010年  吉野ヶ里遺跡
1989年のこの日、佐賀県にある「吉野ヶ里遺跡」の発掘調査の結果が発表され、国内最大規模の弥生時代の環濠(かんごう)集落と大々的に報道されました。そのため2月22日は、「吉野ヶ里遺跡で大規模な環濠集落が発見された日」とされています。「弥生時代」とは、およそ1万2千年前に氷河期が終わり、日本列島が大陸から離れて現在の姿になったころからおよそ1万年間続いた「縄文時代」に続く時代で、3世紀半ばにはじまる古墳時代までをさします。紀元前10世紀〜5世紀ころに中国や朝鮮半島を経由して稲作が伝わったことから始まりました……。

2008年  ゴーガンの「イア・オラナ・マリア」
ゴッホやセザンヌと並び、後期印象派の代表的な画家として評価の高いフランスの画家ゴーガンは、はじめは「日曜画家」でした。24、5歳から34、5歳の頃までは、パリで株式の仲買人として働き、おもに休日に好きな絵をかいていたのです。でもその頃から、サロンや印象派の展覧会にも入選し、一部の画家たちから認められてはいました……。

2007年  アメリカの栄光と挫折
「子どもワールド図書館」の初版が刊行されてから、25年以上が経過しましたが、この間の最大の変貌は、「東西ドイツの統一」「ソビエト連邦(ソ連)崩壊」「東ヨーロッパ諸国の独立と民主化」でしょう。以上の3つの出来事は、すでに見てきたように密接にむすびついていました。そして、1991年のソ連の崩壊により、米ソ2大国による冷戦が終わり、アメリカは世界でただひとつの超大国になりました……。

2017年版 2月22日はこんな日

投稿日:2017年02月22日(水) 05:36

2017年版 2月21日はこんな日


● 今日(2月21日)の主なできごと

1911年 対米不平等条約改正……江戸幕府は1859年、アメリカ、ロシア、オランダ、イギリス、フランスとの間で通商条約を結んだ。しかし、関税自主権がない上、領事裁判権を認めた不平等なもので、この改正が明治政府の課題でもあった。1894年に陸奥宗光外相がイギリスとの改正に成功していたが、この日小村寿太郎外相はアメリカとの修正条項に調印。他国との条約も順次修正され、条約改正が達成された。

1936年 美濃部達吉負傷……「天皇主権説」に対し、「天皇機関説」(まず国家があり、その後に天皇があり、その天皇は国家の代表として一切の権利を有する)を唱えた美濃部達吉が、天皇を絶対視する右翼の男に自宅で右足を撃たれ、重傷を負った。

1942年 食糧管理制度……太平洋戦争がはじまり、主食が不足するようになったため、「食糧管理法」を公布。これにより、米・麦などを農民に供出させ、国民に配給するしくみを作った。戦後も食糧は不足していたために、GHQはこの制度を続けるように命じ、1994年に「食糧法」が公布されるまで続いた。


● 今日の主な記念日・恒例日

国際母語デー……1952年のこの日、当時はパキスタンの一部だったバングラデシュで、ベンガル語を公用語として認めるように求めるデモ隊に警官隊が発砲し、4人の死者が出るという事件が起きた。バングラデシュでは、この日を「言語殉教者の日」としていたことから、これにちなみ、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が1999年11月に制定した国際デー。

日刊新聞創刊の日……1872年のこの日、現存する中では日本初の日刊新聞『東京日日新聞』(今の毎日新聞)が創刊されたことにちなんで制定された記念日。

漱石の日……1911年のこの日、文部省が作家の夏目漱石に文学博士の称号を贈ると伝えたのに対し、漱石は「これまでも、これからも、ただの夏目なにがしで暮したい」と、肩書を拒否する返信を送ったことに由来する記念日。


● 今日生まれた人

1791年 ツェルニー……オーストリアのピアニスト・作曲家。実用的なピアノ練習曲を数多く残したことで有名。

1849年 末広鉄腸……明治期のジャーナリスト・政治家・小説家。『雪中梅』など政治文学の先駆。

1880年 ボンゼルス……ドイツの児童文学作家。代表作『みつばちマーヤの冒険』。

1905年 木村義雄……昭和期の将棋棋士。永世名人。

1920年 石垣りん……昭和期の詩人。代表詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』『やさしい言葉』など。


● 今日亡くなった人

799年 和気清麻呂……奈良時代末期から平安時代初期の官僚。「平安遷都」提案など楠木正成らと並ぶ勤皇の忠臣。

1677年 スピノザ……オランダの哲学者・神学者。デカルト・ライプニッツと並ぶ合理主義哲学者。

1852年 ゴーゴリ……ロシアの小説家・劇作家。代表作『外套』『検察官』『死せる魂』など。

1961年 下中弥三郎……昭和期の出版人。「平凡社」創立。

1984年 ショーロフ……ソ連の小説家。代表作『静かなるドン』『開かれた処女地』『人間の運命』など。

1999年 糸川英夫……昭和・平成期の航空工学者。


● 過去のマイブログ「2月21日」のテーマ

2014年 「日本ロケット開発の父」 糸川英夫
ペンシルロケットなどを開発した航空・宇宙工学者の糸川英夫(いとかわ ひでお)が、1999年に亡くなった日です。1912年、いまの東京・西麻布に教師の子として生まれた糸川英夫は、1935年東京帝国大航空学科を卒業後中島飛行機に入社すると、独創的な着想をもりこんで、九七式戦闘機、二式単座戦闘機「鍾馗(しょうき)」などの名機の設計に関わりました。とくに一式戦闘機「隼」は、太平洋戦争中に……。

2013年 「信念の出版人」 下中弥三郎
労働運動や農民運動の指導者で、「百科事典」の平凡社を創業した下中弥三郎(しもなか やさぶろう)が、1961年に亡くなった日です。1878年、兵庫県中東部の今田村(現篠山市)に生まれた下中弥三郎は、幼いころに父を亡くしたため母の手で育てられ、小学3年のとき家業の陶器づくりの見習いとなり、12歳ころには一人前の陶工となりました。しかし、勉学心をおさえることができず……。

2012年 『人間の運命』 のショーロホフ
長編『静かなドン』『開かれた処女地』、短編『人間の運命』などを著わし、ロシア文学の伝統をトルストイらから受け継いだ作家ショーロホフが、1984年に亡くなった日です。1905年、南ロシアのドン・カザーク(コサック)村ビョーシェンスカヤの商人家庭に生れたミハイル・ショーロホフは、15世紀から自治と自由を守り続けたコサック社会の強い影響を受けて育ちました。中学在学中の1917年、「ロシア革命」に出会い……。

2011年 『みつばちマーヤの冒険』 のボンゼルス
『みつばちマーヤの冒険』などの動物文学を著したドイツの作家ボンゼルスが、1880年に生まれた日です。北ドイツの港町ハンブルク郊外の医者の子として生まれたボンゼルスは、18歳のときに家を飛び出して、ヨーロッパ各地からアジアなどを放浪して歩きました。やがて、ミュンヘンの出版社へ勤務するようになってからも、エジプト、インド、アメリカなどへ旅行をくりかえしました。38歳ころになり……。

2008年 電気冷蔵庫の原理の発見者はファラディ
物を冷たくするには、物から熱をうばいとらなくてはなりません。冷蔵庫というのは、冷やしたものから熱をうばって、その熱を外にすてる必要があります。液体が気体にかわるとき(蒸発するとき)に、まわりから熱をうばうために、冷たくなります。注射する前にアルコール消毒すると、スーと涼しく感じるのも、アルコールが蒸発して、皮膚から熱をうばったためです。夏など、道に水をまくと涼しくなるのも……。

2007年 東ヨーロッパ諸国の独立と民主化 (3)
[アルバニア] アルバニアの歴史は古く、紀元前数世紀前から現在の地に住んでいますが、長い間トルコに支配され、ようやく1912年に独立した小国です。2度の大戦にも他の東欧諸国と同様の運命をたどり、社会主義国として1944年に再出発しましたが、この国はソビエトとは結びつかず、中国の援助で工業を発展させてきました。ヨーロッパでは経済的に最もたち遅れた国で、前途は多難なものがあります……。

2017年版 2月21日はこんな日

投稿日:2017年02月21日(火) 05:50

2017年版 2月20日はこんな日


● 今日(2月20日)の主なできごと

1607年 歌舞伎踊り……出雲の阿国が、江戸城で将軍徳川家康や諸国の大名の前で初めて歌舞伎踊りを披露し大喝采をあびた。これにちなみ、この日は「歌舞伎の日」記念日となっているる。

1928年 初の普通選挙……それまでの選挙権は、国税を3円以上おさめる成人男性に限定されていたが、大正デモクラシーの勃興や護憲運動によって、納税額による制限選挙は撤廃され、25歳以上の成年男性による普通選挙が実現した。なお、女性も参加する完全な普通選挙が実施されるようになったのは1946年4月10日の総選挙から。


● 今日の主な記念日・恒例日

旅券の日……1878年のこの日、「海外旅券規則」が通達され、「旅券」という用語が日本で初めて使用されたことにちなみ、外務省が1998年に制定。

アレルギーの日……1966年のこの日、免疫学者の石坂公成・照子夫妻が、ブタクサによる花粉症の研究からアレルギーを起こす原因となる免疫グロブリンを発見したことを、アメリカのアレルギー協会が発表したことにちなみ、日本アレルギー協会が1995年に制定。


● 今日生まれた人

1876年 伊波普猷……大正・昭和期の沖縄研究家・歴史家・民俗学者。

1883年 志賀直哉……大正・昭和期の小説家。代表作『暗夜行路』『和解』『小僧の神様』『城の崎にて』など。白樺派を代表する小説家の一人。

1886年 石川啄木……明治期の歌人・詩人・評論家。代表作『一握の砂』『悲しき玩具』(歌集)『あこがれ』(詩集)『時代閉塞の現状』(評論)など。「永遠の青年詩人」

1915年 水の江瀧子……昭和・平成期の女優・映画プロデューサー。日本初の女性映画プロデューサーとして『太陽の季節』『狂った果実』など70本以上制作。

1925年 栃錦……昭和期の力士・親方。第44代横綱。若乃花とともに1950年代の黄金期 「栃若時代」を築く。

1936年 長嶋茂雄……昭和・平成期のプロ野球選手・監督。「ON砲」として並び称された王貞治とともに巨人のV9に大きく貢献。


● 今日亡くなった人

1919年 村山槐多……大正期の洋画家。代表作『庭園の少女』『尿する裸僧』『コスチュームの娘』など。

1933年 小林多喜二……昭和期のプロレタリア小説家。代表作『蟹工船』『不在地主』『党生活者』など。

1947年 林古溪……昭和期の歌人・漢詩人・国漢文学者。『浜辺の歌』の作詞。

1962年 鳥井信治郎……明治・大正・昭和期の実業家。「サントリー」創業。

1985年 中野好夫……昭和期の評論家・イギリス文学者。代表作『シェイクスピアの面白さ』『世界史の十二の出来事』『蘆花徳富健次郎』など。

1996年 武満徹……昭和・平成期の作曲家・エッセイスト。『ノヴェンバー・ステップス』など、日本を代表する現代音楽家。


● 過去のマイブログ「2月20日」のテーマ

2014年 「国際的作曲家」 武満徹
『ノベンバー・ステップス』『弦楽のためのレクイエム』などの純音楽、数かずの映画音楽の作曲で話題を集め、エッセイストとしても知られる武満徹(たけみつ とおる)が、1996年に亡くなった日です。1930年、東京・本郷で生まれた武満徹は、生後1か月で父の勤務先である満州の大連に渡りました。1937年に単身帰国すると、7年間にわたって叔父の家ですごし、叔母が箏(そう)曲の師匠だったことから……。

2013年  [おもしろ民話集 73] 乞食のくれた手ぬぐい
むかし、都のある町に、海産物の大問屋がありました。この店に、お梅という、山国育ちのとても働きもので気だてのよい若い娘が奉公していました。おしいことに器量のほうはよくないため、近所の若者たちから、山猿、山猿とからかわれていました。ある日のことです。お梅が店先で掃除をしていますと、そこへひとりの乞食(こじき)がやってきて、「水を一ぱいもらえませんでしょうか」といいました……。

2012年 「沖縄学の父」 伊波普猷
大正・昭和前期の歴史家・民俗学者で、沖縄研究に生涯をささげた伊波普猷(いは ふゆう)が、1876年に生まれた日です。沖縄県那覇市の地元名士の家に生まれた伊波は、幼少のころから漢学塾に通った後、師範学校付属の小・中学校に学びました。ところが中学5年のとき、校長が英語科廃止の方針や生徒に信望のあつかった教師を辞職させる命令をくだしたことへ反発、ストライキ事件をおこして退学させられ……。

2009年 『蟹工船』 の小林多喜二
日本プロレタリア文学の代表作家といわれる小林多喜二が、1933年に拷問によって殺された日です。小林多喜二の書いた『蟹工船』『不在地主』『党生活者』などは、日本のプロレタリア文学の代表作といわれています。プロレタリア文学というのは、労働者や農民の貧しいすがたや、そのまずしさの原因となっている社会のしくみをありのままにえがいた文学です。それは、はたらく人びとの立場から……。

2008年  歌舞伎のルーツ・出雲の阿国
江戸時代の初期、日本の伝統芸能である歌舞伎の基礎をきずいた芸能者・出雲の阿国 (おくに) が、1607年初めて江戸で歌舞伎おどりを披露した日です。天下分け目の関ヶ原の戦いが起こった1600年ころのことです。賀茂川(京都府)のほとりの四条河原で、かね、太鼓を打ち鳴らし、念仏をとなえながら踊る一座が、人気を集めていました。人気のまとになっているのは、すがたが美しく、声がきれいで踊りのじょうずな……。

2007年  東ヨーロッパ諸国の独立と民主化 (2)
[ハンガリー] 10世紀に「ハンガリー王国」として建国後、モンゴルやトルコの侵入、オーストリアの支配など幾多の変遷を重ね、さらに第2次大戦中はドイツに占領されて、食料倉庫の役割をおしつけられました。1945年ソビエト軍のたすけを借りてドイツ軍を追い出し、1949年人民共和国として再出発しました。ハンガリーは、東ヨーロッパのなかでは指おりの大平野が広がる恵まれた風土にあります……。

2006年 「80日間世界一周」6
パスパルトゥーはこの遅れにいら立ちました、しかし、フィリアス・フォッグの気分を妨げるものは何もありませんでした。彼は長い間トランプをしてすごしました、まるで時間など気にならないかのように! やっと列車が動きだせるようになったとき、雪が降りはじめました。パスパルトゥーはふたたび心配になりました、まもなく平原が雪でおおわれることを知っていたからです。大雪は線路をこわし……。

2017年版 2月20日はこんな日

投稿日:2017年02月20日(月) 05:36

2017年版 2月19日はこんな日


● 今日(2月19日)の主なできごと

1185年 屋島の戦い……源義経ひきいる源氏軍は、平氏のたてこもる屋島(現・高松市)が、干潮時には騎馬でわたれることを知ってわずかな兵で強襲を決意。周辺の民家に火をかけて大軍の襲来と見せかけ一気に攻めこむと、平氏軍はろうばいして海上へ逃げ出した。こうして、平氏は瀬戸内海の制圧権を失い、一ノ谷、壇ノ浦の戦いを経て、源平合戦の大勢は決した。

1837年 大塩平八郎の乱……大坂(現大阪)で大坂町奉行所の元与力の大塩平八郎とその門人は、「幕府の役人の悪政や富商の莫大なもうけを攻撃する」と檄文をまき、多数の富商に火をつけ、大坂の2割を消失させた。乱そのものは小規模だったが、江戸幕府の弱体ぶりを示した大事件だった。

1972年 あさま山荘事件……連合赤軍のメンバー5人が、この日河合楽器の保養寮「浅間山荘」に押し入り、管理人の妻を人質に10日間にわたって立てこもった。


● 今日の主な記念日・恒例日

万国郵便連合加盟記念日……1877年、日本が、郵便の国際機関である「万国郵便連合(UPU)」に加盟したことにちなんだ記念日。万国郵便連合ができたのは1874年で、日本はアジアでは初、世界で23番目の加盟国だった。
 

● 今日生まれた人

1473年 コペルニクス……ポーランドの天文学者。代表作『天体軌道の回転について』。「地動説」提唱。

1835年 有栖川宮熾仁親王……幕末から明治期の皇族・参謀総長。戊辰戦争の東征総督。

1865年 ヘディン……スウェーデンの地理学者・中央アジア探検家。楼蘭遺跡を発掘。

1917年 峠三吉……昭和期の詩人。代表作『原爆詩集』。

1924年 長崎源之助……昭和期の児童文学作家。代表作『ヒョコタンの山羊』『トンネル山の子どもたち』
『ゲンのいた谷』など。


● 今日亡くなった人

1704年 市川団十郎 (初代)……江戸時代前・中期の歌舞伎役者・作者。元禄歌舞伎を代表する荒事師。

1934年 伊東巳代治……明治・大正・昭和期の官僚政治家。

1934年 野呂栄太郎……昭和期の経済学者。非合法時代の日本共産党理論的指導者。

1951年 アンドレ・ジッド……フランスの小説家・評論家。代表作『狭き門』『田園交響曲』『贋金つかい』など。

1964年 尾崎士郎……大正・昭和期の小説家。代表作『人生劇場』『石田三成』など。

1997年 ケ小平……中国の政治家。2度の失脚を乗り越え、市場経済の導入はかって急成長させた。

1997年 埴谷雄高……昭和・平成期の小説家。代表作『死霊』『闇のなかの黒い馬』など。


● 過去のマイブログ「2月19日」のテーマ

2015年 「中国発展の礎を築いた」 ケ小平
現代中国で最も重要な役割を演じた政治家のひとりで、毛沢東が発動した文化大革命によって疲弊した中国の再建に取り組み、2度の失脚を乗り越えて市場経済の導入をはかって急成長させたことで知られるケ小平(とう しょうへい)が、1997年に亡くなった日です。1904年、四川省の裕福な地主の子に生まれたケ小平は、16歳のときに「勤工倹学」(働きながら学ぶ)に参加してフランスに渡り、鉄鋼工場員、レストランのボーイ、清掃夫など、職を転々としながら資金をたくわえます……。

2014年 『日本資本主義発達史』 と野呂栄太郎
マルクス経済学者で、戦前の非合法政党時代の日本共産党の理論的指導者だった野呂栄太郎(のろ えいたろう)が、1934年に拷問の末に亡くなった日です。1900年、北海道札幌に近い長沼町に生まれ育った野呂栄太郎は、旧制北海中学から秀才として注目され、慶応大学理財科(現・経済学部)に入学しました。マルクス主義を研究し……。

2013年 「憲法の番人」 伊東巳代治
「明治憲法」の起草に参画し、明治・大正・昭和初期の官僚政治家として活躍した伊東巳代治(いとう みよじ)が、1934年に亡くなった日です。1857年、肥前国(長崎県)町役人の子として生れた伊東巳代治は、幼いころから英語を学び、1873年に兵庫県の通訳官になりました……。

2010年  良心の作家アンドレ・ジッド
『狭き門』『田園交響曲』『贋金つかい』などを著し、ノーベル賞を受賞したフランスの作家アンドレ・ジッドが、1951年に亡くなった日です。「キリスト教の教えや、これまで人間が守ってきた社会の道徳は、ほんとうに、どれほど正しいのだろうか」定められた神の教えや道徳よりも、自分の良心をたいせつにして、自分に正直に生きようとする、人間の心の苦しみを考えつづけたアンドレ・ジッドは、1869年、大学教授で心の広い父と、信仰心が深く厳格な母のあいだに生まれました……。

2009年  地動説のコペルニクス
宇宙が太陽を中心として回転していると唱えた天文学者コペルニクスが、1473年に生まれた日です。地球は宇宙のまんなかにあって動かず、太陽もほかの星も、みんな地球を中心にまわっている、というのが「天動説」です。16世紀はじめころまでは、そのように信じられていました。はんたいに「地動説」は、太陽が中心にあって、そのまわりを惑星がまわっているというものです。これをはっきり証明したのが、ポーランドの天文学者ニコラウス・コペルニクスです……。

2008年  [おもしろ民話集 34] 老人を捨てる国
ある国に、70歳になると、男も女も捨てるならわしがありました。70歳の老人を、家の人が国ざかいまで送り、そのまま引き返してくるのです。さて、この国の大臣にも、70歳の母親がありました。大臣は母を捨てるなどしのびなく、ある決心をしました。家の召使いたちにも隠して、地下に隠れ部屋をこしらえて、よその人たちには、母を捨てたといいふらしたのです……。

2017年版 2月19日はこんな日

投稿日:2017年02月19日(日) 05:27

2017年版 2月18日はこんな日


● 今日(2月18日)の主なできごと

1207年 法然と親鸞流刑……「南無阿弥陀仏」と念仏をとなえれば、来世で極楽浄土に生まれかわることができると説く「浄土宗」を開いた法然と弟子の親鸞は、旧来の仏教宗派に念仏の中止を訴えられ、法然は土佐に、親鸞は越後に流された。

1796年 「ハルマ和解(わげ)」刊行……日本初のオランダ語辞典が、蘭学者の稲村三伯らによって完成。オランダの「ハルマ蘭仏辞典」を訳出したもので、約6万語を収録。

1930年 冥王星の発見……アメリカの天文学者トンボーは、存在が予測されていた冥王星を発見し、太陽系の一番外側を回る9番目の惑星とされた。しかし、2006年に国際天文学界は、惑星ではない「準惑星」に分類した。


● 今日の主な記念日・恒例日

嫌煙運動の日……1978年、東京四谷で「嫌煙権確立をめざす人々の会」が設立されたことから、「嫌煙権」という新語が全国に広まっていった。
 

● 今日生まれた人

1745年 ボルタ……イタリアの物理学者。ボルタ電池を発明。電圧の単位V(ボルト)の名に由来。

1852年 高村光雲……明治・大正・昭和期の彫刻家。代表作『老猿』『西郷隆盛像』など。

1853年 フェノロサ……アメリカの哲学者・日本美術研究家。

1868年 小川芋錢……明治・大正・昭和期の画家。代表画集『草汁漫画』『三愚集』など。

1889年 奥村土牛……大正・昭和期の日本画家。代表作『踊り子』『鳴門』など。

1911年 児玉誉士夫……昭和期の右翼運動家・実業家。ロッキード航空機会社の秘密代理人。

1924年 越路吹雪……昭和期のシャンソン歌手・女優。

1924年 陳舜臣……昭和期の小説家。代表作『青玉獅子香炉』『枯草の根』など。

1933年 オノ・ヨーコ……昭和・平成期の音楽家・前衛芸術家。ジョン・レノンの妻。


● 今日亡くなった人

1405年 ティムール……ティムール帝国の創建者。

1546年 ルター……ドイツの宗教改革者。

1564年 ミケランジェロ……イタリアの彫刻家・画家・建築家・詩人。レオナルド・ダ・ビンチ、ラファエロと並ぶ、ルネッサンスの3大巨匠のひとり。

1887年 中山みき……幕末から明治期の宗教家。

1891年 三条実美……幕末から明治期の公卿政治家。

1939年 岡本かな子……大正・昭和期の小説家・歌人。代表作『鶴は病みき』『老妓抄』など。岡本太郎の母。

1967年 オッペンハイマー……アメリカの理論物理学者。原爆製造指導者。


● 過去のマイブログ「2月18日」のテーマ

2015年 「天理教の開祖」 中山みき
封建制度下、苦難の末に平明で力強い救済観を展開する天理教を生み出し、新国家の弾圧にもめげず全国的に発展させた中山みきが、1887年に亡くなった日です。1798年、今の奈良県天理市に、地主前川家の長女に生まれた中山みき(本名・前川美伎)は、幼いころから両親の影響を受けて浄土宗の熱心な信者となりました……。

2014年 「原爆製造」とオッペンハイマー
理論物理学分野で国際的な業績をあげ、アメリカの原子爆弾開発プロジェクト「マンハッタン計画」を主導した物理学者のオッペンハイマーが、1967年に亡くなった日です。1904年、ドイツ移民で裕福な織物業者の子としてニューヨークで生まれたジュリアス・オッペンハイマーは、早熟な子どもで、早くから地質学、数学、化学、18世紀の詩や芸術に興味を持ち、数か国の言語をあやつるほどでした……。

2013年  緩衝的政治家・三条実美
公卿出身の急進派として明治維新の実現につくし、明治政府の最高首脳の一人となった三条実美(さんじょう さねとみ)が、1891年に亡くなった日です。1834年、三条実万(さねつむ)の4男として京都に生れた実美は、大老井伊直弼による「安政の大獄」で処分された父の遺志をついで、尊皇攘夷運動を主張する、急進派公卿の中心となっていきました……。

2011年  日本美術界の恩人フェノロサ
明治時代初期に来日したお雇い外国人の一人で、日本美術を高く評価し、紹介に努めたことで知られるアメリカの東洋美術史家フェノロサが、1853年に生まれた日です。ボストン郊外のセーラムに生まれたアーネスト・フェノロサは、ハーバード大学を卒業後、先に来日していたモースの紹介で、1878年に来日し、東京大学で政治学、哲学などを教えました。講義のかたわら、ボストン美術館付属の美術学校で油絵とデッサンを学んだ体験から、日本美術に深い関心を寄せるうち、助手の岡倉天心とともに、古寺の美術品を訪ね、その奥深さやスケールの大きさに感銘しました……。

2010年  ルネッサンスの巨匠ミケランジェロ
レオナルド・ダ・ビンチ、ラファエロと並び、ルネッサンスの3大巨匠といわれる彫刻家・画家・建築家・詩人として活躍したミケランジェロが、1564年に89歳で亡くなった日です。ルネッサンスとは、14世紀から16世紀にかけて、イタリアを中心に西ヨーロッパでおこった古典文化を復興しようとする文化活動をいいます。古代ギリシアやローマなどに学び、自然や人間をありのままに見つめ、人間の感情や理性を尊重する「再生」運動でした……。

2009年  母子で感動の思い出は山ほども
ある新聞の投稿欄に、35歳の主婦という方の一文が掲載されていました。わたしが二人の子どもをもっていちばん良かったと思うのは、絵本をいっしょに読んできたこと。上の子どもが2歳になったころから毎晩1冊ずつ読みはじめて、今は毎晩3冊ずつ。図書館へいって本をたくさん借りてきた日は、夜、子どもを寝かしつけるのが楽しみ。はじめのうちは1冊読むとのどか痛かったが、今は何冊読んでも平気……。

2008年 「ありがとう」は魔法の言葉
作文教室の先生から伺った話です。はじめて教室に来るようになった小学1年生の女の子が、わずか1時間のうちに5回も、「ありがとう」 をいいました。わからない字や文の続けかたを教えてやった時、「ありがとうございました」。横の同じ1年生の子に、机から落とした鉛筆を拾ってもらった時 「ありがとう」。学年が上の4年生の子が 「その字、ちょっと違うよ、ほら、こう書くんだよ」 と教えてくれた時 「ありがとうございました」。そして、1時間が終わって帰る時、「ありがとうございました」。──これが、まったく嫌味がないのです……。

2017年版 2月18日はこんな日

投稿日:2017年02月18日(土) 05:43

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)