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児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ 最近の投稿

2017年版 7月23日はこんな日


● 今日(7月23日)の主なできごと

1918年 米騒動……富山県魚津の主婦たちが、米穀商が米を買い占め、船で県外へ持ち出そうとするのをこの日にとがめたことがきっかけとなって、米穀商を襲う米騒動が全国規模で拡がり、30名以上の死者と2万5千人以上の逮捕者を出す大事件となった。


● 今日の主な記念日・恒例日

文月ふみの日……毎月23日は「ふ(2)み(3)」の語呂合せから「ふみの日」となっているが、7月の旧称が「文月」であることから、郵政省が1979年から特別に「文月ふみの日」として制定し、さまざまなイベントを実施している。


● 今日生まれた人

1787年 二宮尊徳……江戸時代後期の農政家。干拓事業などで農村の復興に尽力。

1867年 幸田露伴……明治・大正・昭和期の小説家・劇作家・随筆家。代表作『五重塔』『風流仏』『運命』など。尾崎紅葉とともに「紅露時代」築く。

1888年 チャンドラー……アメリカの小説家。代表作『大いなる眠り』『さらば愛しき女よ』『長いお別れ』など。


● 今日亡くなった人

1335年 護良親王……鎌倉時代後期から建武の新政期の後醍醐天皇皇子。「建武の新政」の征夷大将軍・兵部卿。

1697年 宮崎安貞……江戸時代前期の農政学者。代表著作『農業全書』(全10巻)。

1906年 児玉源太郎……明治期の陸軍軍人・政治家。内相・文相・陸軍相歴任。日清・日露戦争の勝利に貢献。

1918年 井上伝蔵……明治期の自由民権運動家。「秩父事件」中心人物の一人。

1990年 高柳健次郎……大正・昭和期の電子工学者。「日本のテレビの父」

2000年 小倉遊亀……大正・昭和・平成期の日本画家。代表作『O夫人坐像』『小女』『浴女』など。上村松園と並ぶ日本を代表する女性画家。


● 過去のマイブログ「7月23日」のテーマ

2015年  「元弘の乱」 と護良親王
後醍醐天皇の討幕計画「元弘の乱」に僧兵を率いて活躍し、建武新政府では征夷大将軍となったものの、足利尊氏と反目し鎌倉に幽閉されたのちに殺された護良親王(もりなが/もりよし しんのう)が、1335年に亡くなった日です。1308年、後醍醐天皇の第1皇子に生まれた親王は、6歳の頃、尊雲法親王として、延暦寺大塔に入室したため大塔宮と呼ばれました……。

2014年 「テレビの父」 高柳健次郎
世界に先駆けて電子式受像を初めて成功させ、日本のテレビの礎を築きあげた高柳健次郎(たかやなぎ けんじろう)が、1990年に亡くなった日です。1899年、今の静岡県浜松市に生まれた高柳健次郎は、静岡師範学校の授業で、真空に近い容器の中にある電子が美しい光をはなつのを見て、原子や分子の勉強がしたいと……。

2013年 「秩父事件」 の井上伝蔵
困窮する農民たちのために「秩父事件」をおこし、死刑判決を受けながらも逃げ通した井上伝蔵(いのうえ でんぞう)が、1918年に亡くなった日です。1854年、武蔵国下吉田村(現・秩父市)の旧家の二男に生まれた井上伝蔵(幼名・治作)は、兄が早くなくなったため、20歳のころから父に代わって、呉服や絹・生糸の仲買を営む「丸井商店」を継ぎ……。

2012年  明治の知将・児玉源太郎
明治期の陸軍幹部で、日清・日露戦争の勝利に貢献した児玉源太郎(こだま げんたろう)が、1906年に亡くなった日です。1852年、周防国(現・山口県)徳山藩士の長男として生まれた児玉源太郎は、父が5歳で亡くなったため、姉の配偶者である義兄に養育されながら藩校で学びました。13歳のとき、父代わりの義兄が藩内の佐幕派に暗殺されて児玉家は廃絶……。

2010年  日本農学の父・宮崎安貞
たったひとつの本『農業全書』(全10巻) だけで「日本の三大農学者」の一人とあがめられる宮崎安貞(やすさだ)が、1697年に亡くなった日です。安貞は、1623年広島(安芸)藩士・山林奉行の子に生まれ、25歳のとき筑前の黒田藩に200石でむかえられました。ところが、30歳を前にして、浪人の身になりました。このときから、山陽道、畿内、伊勢、紀州と各地を歩き……。

2009年 『五重塔』 の幸田露伴
尾崎紅葉とともに「紅露時代」と呼ばれる時代を築いた作家の幸田露伴(こうだ ろはん)が、1867年に生まれた日です。幸田露伴は、東京と名が改められる直前の江戸に生まれ、文明開化の波がうちよせる明治時代に活躍した小説家です。小説家として露伴の名が世にでたのは、雑誌『都の花』に『露団々(つゆだんだん)』を発表した、22歳のときです……。

2008年  倹約と勤勉を説いた農政家・二宮尊徳
農家に生まれ、幼い頃に両親を失いながらも刻苦して小田原藩士となり、各地の農村の復興や改革につくした江戸後期の農政家・二宮尊徳(にのみや そんとく)が、1787年に生まれた日です。1945年、太平洋戦争が終わって何年かまでは、全国のたいていの小学校の校庭には、たきぎを背負って本を読みながら歩いている二宮金次郎 (尊徳の子どものころの名) の銅像……。

2007年  母親のあせりを子に押しつけない
バスの中で目にした光景です。つぎの停留所で降りるのを、ついうっかりしていたのでしょう。停留所を目前にして、3、4歳くらいの子どもをつれた母親が、荷物を片手にあわてだしました。くつをぬいで座席にあがり窓にしがみついていた子に 「さあ、降りるのよ。早く、くつをはきなさい」。子どもはあわててくつをはこうとするのですが、なかなかはけません……。

2017年版 7月23日はこんな日

投稿日:2017年07月23日(日) 05:28

2017年版 7月22日はこんな日


● 今日(7月22日)の主なできごと

1549年 キリスト教伝来……この日イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが、マラッカで出合った弟子のヤジロウの案内で薩摩半島の坊津に上陸。その後、平戸や山口などで、熱心にキリスト教の布教活動を行った。


● 今日の主な記念日・恒例日

下駄の日……7は下駄の寸法を表わすのに「7寸7分」というように7がよく使われることと、22は下駄の跡が「二二」に見えることから、全国木製はきもの業組合連合会が1991年に制定。

ナッツの日……七(ナ)2(ツー)2(ツー)」の語呂合せから、日本ナッツ協会が1996年に制定。


● 今日生まれた人

1363年 世阿弥……室町時代前期の能役者・謡曲作者。代表著作『風姿花伝』(花伝書) 。

1822年 メンデル……オーストリアの遺伝学者・司祭。「メンデルの法則」を発見。

1888年 ワクスマン……ウクライナ出身アメリカ生化学者。ストレプトマイシンなど20を超える抗生物質発見。

1898年 野村万蔵(6世)……明治・大正・昭和期の狂言師・能面作家。人間国宝。


● 今日亡くなった人

1895年 グナイスト……ドイツの法学者・政治家。

1922年 高峰譲吉……明治・大正期の応用化学者。初のアドレナリン抽出成功、タカジアスターゼ発明。

1967年 サンドバーグ……アメリカの作家・詩人。代表作『リンカーン伝』『シカゴ詩集』など。

2002年 草柳大蔵……昭和・平成期の評論家・ジャーナリスト。代表著作『現代王国論』『実録 満鉄調査部』など。


● 過去のマイブログ「7月22日」のテーマ

2015年 「明治憲法の助言者」 グナイスト
明治憲法制定の際、渡独した伊藤博文らに憲法学を講じ、弟子のモッセを明治政府の法律顧問として指導させたドイツの法学者・政治家のグナイストが、1895年に亡くなった日です。1816年、ベルリンで生まれたルドルフ・グナイストは、1838年にベルリン大学を卒業後、同大学院で法学博士号を取得して地方裁判所裁判官になると、そのかたわらイタリア、フランス、イギリスへわたって憲政の実情を研究し、ベルリン大学員外講師を務めました……。

2014年 「アメリカ精神」 とサンドバーグ
『リンカーン伝』の著作や、『シカゴ詩集』などたくさんの詩作でピューリッツァー賞を受賞したアメリカの作家で詩人のサンドバーグが、1967年に亡くなった日です。1878年、イリノイ州ゲイルスバーグにスウェーデンから移民した貧しいた鍛冶屋の子として生まれたカール・サンドバーグは、13歳の時に学校をやめ、日雇い労働者として働きながら、中央部の都市を転々としました……。

2013年 「おもしろ古典落語」125回目 『半分(はんぶん)あか』
むかしは江戸と大坂の両方に相撲(すもう)がありまして、こっちからむこう、むこうからこっちという具合に、東西交流のようなことがさかんでした。ある江戸の相撲取りがありまして、ごひいきすじからこんなことをいわれました。「関取、おまえさん、いちど上方の土俵に上がってみないか。大坂でみっちり修行をしたら、きっと、もっとりっばな相撲取りになるにちがいない。ひとつ、上方へいって修行をしておいで」「ありがとうございます。それでは、女房を家へ残して参りますので、なにぶんよろしく、おねがいいたします……。

2011年 サムライ科学者・高峰譲吉
世界初のアドレナリン抽出に成功、発明したタカジアスターゼのアメリカ発売など、日米で活躍した化学者・高峰譲吉(たかみね じょうきち)が、1922年に亡くなった日です。1854年3月、江戸幕府は、日本へやってきたアメリカ海軍将官ペリーと日米和親条約をむすび、1639年から215年間つづけてきた鎖国をやめて、外国とのまじわりを始めました。譲吉は、日本が国を開いた、この歴史に残る年に、越中(富山県)高岡で生まれました。父は加賀藩の医者でした……。

2010年 抗生物質のワクスマン
結核菌を死滅させるストレプトマイシンなど、20を超える抗生物質を発見したウクライナ出身のアメリカ生化学者ワクスマンが、1888年に誕生した日です。セルマン・ワクスマンは、ロシアのウクライナ地方の小さな町に生まれました。9歳のとき町にジフテリアがはやり、2歳の妹をあっというまに亡くしてしまいました。しかし、市から届いた血清が間に合った人は、みんな助かっています。妹を失った悲しみのなかで……。

2009年 遺伝学の父・メンデル
オーストリアの司祭で、植物学研究を行い、メンデルの法則と呼ばれる遺伝に関する法則を発見したメンデルが、1822年に生まれた日です。「親と子どもは、なぜ、よく似るのだろう」むかしからのこの疑問を、エンドウ豆の実験でときあかしたのが、ヨハン・グレゴール・メンデルです。メンデルは、1822年オーストリアの果樹園に生まれました。子どものころから父と母の仕事をてつだって、くだものや花を栽培するのが大好きでした……。

2008年 能楽を大成した世阿弥
室町時代に現在も演じられる多くの能をつくり、「風姿花伝」(花伝書) を著して能楽を大成した世阿弥(ぜあみ)が、1363年に生まれた日です。日本に古代から伝わってきた芸能のひとつに、猿楽とよばれるものがありました。こっけいな物まね、曲芸、おどりなどを中心にした芸です。神社や寺の祭り、貴族の集まりなどで、人びとを楽しませるためにおこなわれてきました。世阿弥は、この猿楽に、奥深い歌や舞いや劇をとり入れて、能楽とよばれる新しい芸術をつくりあげた人です……。

2005年 2時間で3オーダー
「酒井さん、この絵本は売れますよ。15年以上前に、世界文化社という会社からでていた『科学ブック』というシリーズがありましてね、これが毎日のように1日7オーダー、8オーダーと契約が取れたことがありました。あの快感を久しぶりに思い出しました」 ニコニコしながらW氏は、取ってきたばかりの「ポケット絵本」の契約書を3枚、テーブルの上に置いた。顧客の住所を見ると、3枚とも、すぐ近くにある集合住宅だった。時計を見ると、事務所を出ていってからわずか2時間ほどしか経っていない。しかも、毎月配本ではなく、全巻一括納品、納品時に現金支払いという契約なのである……。

2017年版 7月22日はこんな日

投稿日:2017年07月22日(土) 05:33

2017年版 7月21日はこんな日


● 今日(7月21日)の主なできごと

1588年 無敵艦隊敗北……イギリス本土をねらうスペインのフェリペ2世は、自慢の無敵艦隊(アルマダ)を率い、イギリス艦隊との海戦を開始した。しかし10日間ほどの交戦の末、機動力のある小型船を駆使したイギリス艦隊に敗北した。

1773年 イエズス会に解散命令……ローマ教皇クレメンス14世が、この日イエズス会に解散を命じた。当時ヨーロッパ諸国では、世界各地で積極的にカトリック布教を行っていたイエズス会に反発する動きがあり、教皇がこれに屈したもので、消えることのない汚名を残すことになった。

1954年 「ジュネーブ協定」調印……この日、スイスのジュネーブで、「第一次インドシナ戦争」の休戦協定が行われた。これにより、1946年から続いたフランスと独立を求めるベトナム民主共和国との戦争は終結した。しかし、この協定に調印をせず、フランスにかわってインドシナ半島を支配し共産主義勢力の拡大を阻止しようとするアメリカは、ベトナム南部にゴ―・ジンジエム政権を擁立してこれを援助したことから、ベトナム統一をめぐって南北の小競り合いがはじまり、「ベトナム戦争」(第二次インドシナ戦争)につながることになる。


● 今日の主な記念日・恒例日

神前結婚記念日……1900年のこの日、東京の日比谷大神宮(今の東京大神宮)で、民間初の神前結婚式が行われたことにちなんだ記念日。この年の5月に、皇太子(のちの大正天皇)の婚儀が神前で行われたことで、国民の間での関心が高まっていた。


● 今日生まれた人

1620年 ピカール……フランスの天文学者。初の本格的な三角測量で子午線測定。

1816年 ロイター……ドイツ出身イギリスの事業家。ロイター通信社創立。

1877年 波多野精一……明治・大正・昭和期の宗教哲学者。西田幾多郎とならぶ京都学派の立役者。

1899年 ヘミングウェイ……アメリカの小説家。代表作『日はまた昇る』『武器よさらば』『老人と海』など。


● 今日亡くなった人

1999年 江藤淳……昭和・平成期の文芸評論家。代表作『漱石とその時代』『アメリカと私』など。


● 過去のマイブログ「7月21日」のテーマ

2015年 「戦後を代表する評論家」 江藤淳
『夏目漱石論』『アメリカと私』など、文学評論から文明評論まで、幅広い分野の論客として知られた江藤淳(えとう じゅん)が、1999年に亡くなった日です。1932年、銀行員の長男として今の東京大久保に生まれた江藤淳(本名・江頭淳夫)は、4歳半で母を結核で失い、2年後に父は再婚。1945年の空襲で生家が焼失し、疎開先から旧制湘南中学に通い、1948年に旧都立第一中学(現・日比谷高校)へ転校するものの結核で1年間休学……。

2011年 「おもしろ古典落語」31回目 『狸賽(たぬさい)』
「こんばんは、こんばんは」「もう寝ちゃったよ、あしたにしてくれねぇか」「ちょっと開けてください」「だれなんだい?」「た、たぬきです」「たぬき? たぬきになんぞに用はねぇ」「そちらになくても、こっちにあるんで……」「ははぁ、だれか夜遊びして、閉めだし食って、泊めてくれってんだな。待ちなよ、今開けるからな……、さぁお入りよ。ありゃ、だれもいねぇじゃないか。おい、どこへ行ったんだ? そこらへ隠れて『わっ』なんておどかそうってつもりか? よしなよ、子どもじゃねぇんだから」「えっへっへ、もうちゃんと入ってます。こんばんは」「な、なんだ、そこのすみっこにいる黒いやつは」「はいっ、たぬきでござんす」「どっから入った?」「親方のまたぐらをくぐって入りました……。

2010年  人類初の月面着陸
アメリカの宇宙船アポロ11号が人類初の月面着陸したようすが、1969年の日本の昼食時にテレビ報道された日です。世紀の瞬間を見ようと、街頭テレビなどに人々がむらがって、大都市の交通量が半減しました。人類を月面に到達させるという一連のアポロ計画は、宇宙開発でソ連に遅れをとっていたアメリカが、威信をかけて取り組んだ宇宙開発競争のひとつです。1961年5月に ケネディ 大統領が議会演説で表明した「1960年代の終わりまでに人類を月面に到達させ、なおかつ安全に地球に帰還させることを約束する……。

2009年 『老人と海』 のヘミングウェイ
『日はまた昇る』『武器よさらば』『老人と海』などを著したアメリカの小説家ヘミングウェイが、1899年に生まれた日です。アーネスト・ヘミングウェイは、シカゴ郊外のオークパークに生まれました。幼ないころから医者だった父から、釣りや狩猟の手ほどきを受け、山野をかけめぐりました。そんな子どもの頃の体験が、ヘミングウェイの生涯にわたる、釣りと狩猟、そして闘牛を徹底して楽しんだり、自由奔放な生き方を決定づけたようです……。

2005年  思いがけない出会い
私は1976年当時、板橋区にある高島平団地という新興高層団地の11階に住んでいた。賃貸の2DKだった。独立した年に生まれた長男と、いずみ書房を興した年に生まれた次男と、年子の子どもがいた。会社がうまくいっていたなら、社会思想社時代に知り合い社内結婚した妻国子も退社し、いずみ書房でいっしょに仕事をする予定だった。しかし、私の収入はほとんど期待できない上、持ち出しするほどの体たらくである。二人の息子は産休後すぐに、「ベビールーム」という生後3ヶ月から7ヶ月までの乳児のための保育施設へ、そして8ヶ月目に公立保育園へ入れてもらえた。新興団地だったためにこういう施設が充実していたことは幸いだった……。

2017年版 7月21日はこんな日

投稿日:2017年07月21日(金) 05:13

2017年版 7月20日はこんな日


● 今日(7月20日)の主なできごと

1969年 人類史上初の月面着陸……アメリカが打ち上げたアポロ11号がこの日、月面の「静かの海」に着陸し、人類が初めて月面に降り立った(日本時間では7月21日早朝)。その様子はテレビ中継され、世界じゅうの話題をさらった。アームストロング船長は「この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である」とのメッセージを全世界に発信した。

1975年 「沖縄海洋博」開幕……この日、沖縄国際海洋博覧会の開会式が行われた。沖縄が1972年に復帰したことを記念したこの博覧会は「海━その望ましい未来」を統一テーマとし、世界36か国と3つの国際機関、7つの民間企業が参加して、翌年1月18日まで、183日間にわたって開催された。未来の海上都市「アクアポリス」や沖縄の海洋文化を紹介する「沖縄館」などが人気となったが、沖縄自動車道が未整備だったこともあり、349万人の入場者にとどまった。跡地は「国営沖縄海洋博覧会記念公園」となっている。


● 今日の主な記念日・恒例日

ハンバーガーの日……1971年のこの日、東京・銀座の三越内に日本マクドナルドの1号店が開店すると、1万人以上の客がつめかけ、1日で100万円以上の売り上げを記録した。これにちなみ、日本マクドナルドが1996年に制定。


● 今日生まれた人

BC356年 アレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)……古代マケドニア王。

1627年 伊藤仁斎……江戸時代前・中期の儒学者。古義学を提唱。

1751年 上杉鷹山(治憲)……江戸時代中・後期の米沢藩主。江戸時代屈指の名君。

1822年 メンデル……オーストリアの遺伝学者・司祭。「メンデルの法則」発見。

1912年 糸川英夫……昭和・平成期の航空工学者。

1919年 ヒラリー……ニュージーランドの登山家。エベレスト初登頂。


● 今日亡くなった人

1866年 徳川家茂……江戸幕府14代将軍。

1870年 小松帯刀……幕末・明治前期の薩摩藩重臣。薩長同盟結成に尽力。

1883年 岩倉具視……幕末・明治前期の公卿・政治家。

1937年 マルコーニ……イタリアの電気技術者。無線電信の発達に大きな功績。


● 過去のマイブログ「7月20日」のテーマ

2011年 「古学先生」 伊藤仁斎
江戸時代前期に「古義学」を提唱した儒学者・思想家の伊藤仁斎(いとう じんさい)が、1627年に生れた日です。京都・堀川の材木商人の家に生まれた仁斎は、11歳のとき、『大学』を読んで感動したといわれるほど聡明でした。『大学』は、中国の古典の一つで、『中庸』『論語』『孟子』と並んで四書といわれるものの一つです。15歳のころには儒学者を志して勉学にはげみ、儒学の一派で宋の時代に完成した朱子学を修めました……。

2010年  明治維新を実現させた公家・岩倉具視
公家出身で幕末から明治前期に活躍した政治家 岩倉具視(ともみ)が、1883年に亡くなった日です。1825年、京都の公家堀川家に生まれた具視は、14歳のとき岩倉家の養子になりました。やがて、朝廷に務めるようになり、29歳の時に孝明天皇の侍従となりました。岩倉具視が政治の世界に登場するのは、1858年に幕府が日米修好通商条約を結んだときからです……。

2007年  無線電信装置を実用化した マルコーニ
無線電信の発達に大きな功績をのこした、イタリアの電気技術者マルコーニが、1937年に亡くなった日です。グリエルモ・マルコーニは、1874年イタリアの古都ボローニャに生まれました。父親はたいへん裕福な銀行家で、マルコーニは少年時代から、父の別荘にある図書室で科学の本に親しみながら成長しました。また、有名な科学者たちを家庭教師にして電気について学び、17、8歳のころには、電気科学者を夢見るようになっていました……。

2006年  11ぴきのねこ
絵本「11ぴきのねこ」(馬場のぼる文・絵 こぐま社刊) の内容は、次のとおりです。いつも腹ぺこの11ぴきのねこが、山の向こうの湖に怪物のような大きな魚がいると聞いてでかけます。いかだを作って待っていると、水の上に大きなものがはねました。みんながねらっている魚です。11ぴきのねこは、いかだを出して魚と戦いました。でも、みんな、はね飛ばされてしまいます。ある晩、大きな魚が島で寝ているのをみつけた11ぴきのねこは、こもりうたを歌って魚を深く眠らせ、いびきをかき始めると飛びかかって魚をつかまえました。そして 「みんなに見せるまではぜったいに食べない」 ことを約束して、魚を引いて帰りはじめました。ところが……。

2005年  新規取引先を求めて
1976年8月末、離れ業ともいえる手法で倒産をまぬがれたことを記した。しかし、それからしばらくは毎月数百万円の手形決済が待っているし、J・チェーンの売り上げがなくなってしまったわけだから、他の方法で売り上げをあげなくてはならない。それでも、これまでのようにJ・チェーンに気兼ねをする必要がなくなり、精神的にかなり開放された気分になったことは事実である。J・チェーンと独占販売に近い形で契約して以来、本部のいうことには逆らえないという見えないプレッシャーを受けながら行動せざるを得なかったからだ。そこで、これまでに独自で集めた販売会社や、知人の紹介なども含め、いろいろなタイプの会社へアプローチしていった……。

2017年版 7月20日はこんな日

投稿日:2017年07月20日(木) 05:54

2017年版 7月19日はこんな日


● 今日(7月19日)の主なできごと

1856年 ネアンデルタール人の骨発見……ドイツのデュッセルドルフ郊外ネアンデルタール渓谷にある洞窟で、原始的な人骨が発見された。その後の研究により、この骨は、3〜25万年前に存在していた現生人類ホモ・サピエンスに最も近いヒト属とされた。

1864年 蛤御門(禁門)の変……「尊王攘夷」(天皇を尊び、外敵を斥けようとする思想)を掲げる長州藩の志士たちが京都に攻めのぼり、京都御所の警備にあたっていた会津・薩摩の両藩と激突。わずか1日で長州の敗北に終わり、長州は一時勢いを失った。

1870年 普仏戦争……フランスがプロイセン王国に宣戦、プロイセンが大勝して、翌年にプロイセン主導によるドイツ帝国が成立した。


● 今日の主な記念日・恒例日

女性大臣の日……1960年のこの日、日本初の女性大臣が誕生したことにちなむ記念日。岸内閣の後を受けて池田勇人内閣が発足し、中山マサ衆議院議員が厚生大臣として入閣。在任期間は5ヶ月と短かったが、母子家庭への児童扶助手当支給を実現した。

戦後民主主義到来の日……1949年のこの日、石坂洋二郎原作の『青い山脈』(今井正監督)が封切られた。原節子主演の青春映画は、藤山一郎と奈良光枝のデュエットによるテーマソングとともに大ヒットし、戦後民主主義の到来を感じさせることで制定。


● 今日生まれた人

1834年 ドガ……フランスの画家。「踊り子」の絵を多数描く。

1896年 クローニン……イギリスの小説家。代表作『星は地上を見ている』『帽子屋の城』『天国の鍵』など。

1897年 加藤唐九郎……大正・昭和期の陶芸家。

1923年 三波春夫……昭和・平成期の歌手。


● 今日亡くなった人

1374年 ペトラルカ……イタリア・ルネッサンス初期の詩人・人文学者。

1864年 久坂玄瑞……幕末の長州藩士。「蛤御門の変」に加わり負傷して自刃。

1888年   山岡鉄舟……幕末から明治期の幕臣・政治家・思想家。剣・禅・書の達人。

1965年 梅崎春生……昭和期の小説家。代表作『ボロ家の春秋』『桜島』など。

1965年 李承晩……韓国の1〜3代大統領。

1968年 子母沢寛……昭和期の小説家。代表作『国貞忠治』『父子鷹』など。

2007年 河合隼雄……昭和・平成期の臨床心理学者。代表作『ユング心理学入門』『昔話の深層』など。


● 過去のマイブログ「7月19日」のテーマ

2013年  [おもしろ民話集 92] 塩ふきうす
むかし、ある村に兄弟が住んでいました。よくばりな兄は、大きな家にすみ、正直な弟は、小さい家に住んでいました。ある年の暮れのことです。びんぼうな弟は、兄の家にいき、「兄さん、すまないが、米とみそを貸してくれないかな?」といいました。ところが兄は、「年越しに食う米やみそがないとは、どういうことだ。そんなやつにやるものなんか、なにもない」と、戸をぴしゃりと閉めてしまいました。弟はあてもなく、とぼとぼと引きかえしました……。

2012年 「おもしろ古典落語」78回目 『金明竹(きんめいちく)』
骨とう屋のおじさんに世話になっている与太郎が、猫のヒゲを抜いています。「なんでそんなことするんだ、ねずみをとらなくなっちゃうだろ。それに、よそさまの赤ちゃんに、なにか食べさせちゃいけないよ、お隣の赤ちゃんになにをたべさせたんだ?」「かかとの皮。でも食べなかった」「馬鹿もん!」いつもこんな調子なので、おじさんの気が休まるひまがありません。表の掃除をさせればホコリを立てる、掃除の前には水をまくものだと教えれば、二階の床にも水をまくしまつ……。

2011年 「人文学の父」 ペトラルカ
ダンテと並び、イタリア・ルネッサンス初期を代表する詩人で、人文学者のペトラルカが、1374年に亡くなった日です。1304年、イタリア中部のアレッツォに生まれたペトラルカの父は、『神曲』で名高いダンテとともにフィレンツェを追われた法律家でした。そのためペトラルカは5歳の時に、フランス南部の古都アビニョンに一家とともに移り住みます。やがて、ボローニャ大学などで法律学を学びましたが、興味は詩作や、ラテン語を古代ローマ時代の古典的形式に整備したりすることでした……。

2007年  ホーホー ツカレタ ツカレタ……
もう何年も前から気になっている声が、今年も聞こえます。この声は、6月はじめころから始まって8月頃まで続きます。時間は早朝から午前10時頃まで。けっこう低音なので、玉川上水にでもいるカエルかしらと思っていました。でも、カエルの声をいろいろ調べてみましたが、どうも似た鳴き声をみつけることができません。1週間ほど前、またこの声が聞こえだしたので、声の主を見つけてみようと100メートルも走ると、人家のあるあたりで、しかも高いところからの声です……。

2006年  読書の楽しさ、すばらしさ
次の詩は 「けしょう」 というタイトルで、小学4年生の男の子が書いたものです。パタパタ/ポンポン/シュー/母のけしょうがはじまった/ひどい土台にクリームぬって/口べにぬって/おしろいつけて/スプレーかけて/けしょうしてる/「けしょうするのはハエが一番で/ネコが二番で/女が三番っていうけど/ほんとやな」/と ぼくがいった……。

2005年  成功するための心構え
5月30日にブログを開始して以来、6月末まで17回にわたり、創業期の大苦戦物語を綴ってきた。今思い返しても、よくもあの苦境が乗り越えられたかと思う。まさに、若さの賜物だといえよう。しかしこれも、30余年間のいずみ書房の歴史にとっての序章で、シチュエーションを変えながら、それに近いことがその後、何度もおこるのである。何もかもうまくいくことなどありえない。必ず何らかの障害や困難に突き当たる。それが人生なのだと割りきってしまうほうがよいのかもしれない……。

2017年版 7月19日はこんな日

投稿日:2017年07月19日(水) 05:29

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)