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児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ 最近の投稿

2017年版 12月15日はこんな日


● 今日(12月15日)の主なできごと

1945年 婦人参政権……GHQの指示で、この日の帝国議会は男女同権の新選挙法を可決、翌日公布された。翌年4月、戦後初の衆議院選挙の結果、日本初の女性議員39名が誕生した。

1994年 「古都京都の文化財」世界遺産に……この日、清水寺・平等院・延暦寺・西芳寺・天龍寺・金閣寺・銀閣寺・龍安寺・東寺・醍醐寺・仁和寺・西本願寺・上賀茂神社・二条城など17か所の寺社と城郭が「古都京都の文化財」として、世界遺産に決まった。


● 今日の主な記念日・恒例日

観光バス記念日……1925年のこの日、日本で初めて「遊覧乗合自動車」(観光バス)が東京で営業を開始し、皇居前〜銀座〜上野コースを走ったことにちなんだ記念日。

年賀郵便特別扱い開始日……この日から12月25日までの間に年賀状を投函すると、翌年1月1日に配達される。


● 今日生まれた人

37年 ネロ……第5代ローマ皇帝。治世初期は善政だったが、キリスト教徒を大迫害するなど「暴君」として悪名高い。

1832年 エッフェル……フランスの工学者・建築家。「エッフェル塔」設計。

1859年 ザメンホフ……ポーランドの眼科医。人工国際語「エスペラント」創案。

1918年 いわさきちひろ……昭和期の画家・絵本作家。代表作『あめのひのおるすばん』『ことりのくるひ』など。


● 今日亡くなった人

1675年 フェルメール……オランダの画家。代表作『牛乳を注ぐ女』『真珠の耳飾りの少女』『デルフト眺望』など。

1963年 力道山……昭和期の大相撲出身プロレスラー。

1966年 ディズニー……アメリカの漫画家・実業家。「ミッキー・マウス」を生みだし、「ウォルト・ディズニー・カンパニー」創業。


● 過去のマイブログ「12月15日」のテーマ

2015年 「忠臣蔵の悪役」 吉良義央
領民から名君として評価されるものの、赤穂浪士に仇討ちされた吉良義央(きら よしなか)が、1702年に亡くなった日(当時は日の出の時間に日付が変わっていたため14日)です。義央は、「吉良上野介」としても知られています。1641年、江戸幕府の旗本で、今の愛知県吉良町にあった4200石の領主吉良義冬の嫡男として、江戸鍛冶橋の吉良邸で生まれた吉良義央(幼名・三郎)は、父が「高家(こうけ)」という、幕府の儀式や勅使(朝廷の使い)の接待を司る重職を兼ねていました。そのため、父のあとつぎになるように育てられ……。

2014年 「日本プロレスの父」 力道山
終戦後の日本プロレス界の礎を築き、本放送が始まったばかりのテレビで、絶大な人気を誇った力道山(りきどうざん)が、1963年に亡くなった日です。1924年長崎県大村市生まれで、本名百田光浩とされていた力道山でしたが、本当は日本占領下の北朝鮮で3人兄弟の末っ子に生まれ、本名金信洛、朝鮮相撲の名手として知られていました。現地で働く日本人警察官に、力士になるように勧められ、1940年に二所ノ関部屋に入門しました。まもなく初土俵をふむと百田家の養子となり……。

2011年 「鉄の魔術師」 エッフェル
パリのシンボルとして知られる「エッフェル塔」を企画・設計したフランスの技師で建設業者のエッフェルが、1832年に生まれた日です。フランス中東部・ブルゴーニュ地方のディジョンに生まれたアレクサンドル・ギュスターブ・エッフェルは、1850年パリに出て、理工科学校と中央工芸学校に学び、技師免状を取得しました。当時フランス全土に鉄道網建設の計画が進んでいたことで、その技術を生かして鉄道関連の仕事に取り組み、1858年に、ボルドーにおよそ500mもある大鉄橋の橋梁工事……。

2010年 放射線を発見したベクレル
ウランの放射線を発見した功績で、ノーベル物理学賞を受賞したフランスの物理学者ベクレルが、1852年に生まれた日です。アンリ・ベクレルは、有名な物理学者を父に、パリで生まれました。パリ理工科大学に入学して自然科学を学び、その後土木技師となりました。1892年、祖父と父がその地位にあった国立自然史博物館の応用物理学教授となり、1895年には理工科大学の教授を歴任するようになりました。その年の11月、ドイツのレントゲンが、真空放電の実験をくり返すうち……。

2009年 アニメの王様・ディズニー
アニメキャラクター「ミッキー・マウス」を生みだし、いまや世界的なエンターテイメント企業となったウォルト・ディズニー・カンパニーを創業したディズニーが、1966年に亡くなった日です。ディズニーの名前は、アンデルセンや グリムと同じように、世界じゅうの子どもたちに最も知られています。アンデルセンやグリムが、ペンで紙の上に書いたものを、ディズニーは、動く絵と音楽で、スクリーンに描いた童話作家といえるのかもしれません……。

2008年 エスペラント語のザメンホフ
世界でおよそ100万人の人が使用している人工言語、エスペラントの創案者ザメンホフが、1859年に生まれた日です。ルドウィク・ラザロ・ザメンホフは、エスペラント語という国際語を考えだして、それを世界に広めた人です。ポーランドのビアウィストクという町に生まれたザメンホフは、中学校で語学と地理の教師をしていた父に、早くから世界の言葉を学びました。また、やさしい母からは、人と人が助けあう愛情のたいせつさを教わって育ちました……。

2006年 ウソつきな子、すぐケンカする子
「ウソつきにしたいなら」━━ 子どもが父の持ち物をこわしたら、「お母さんがこわしたことにするから、心配しなくてもいいわよ」と言ってあげましょう。父親のいないときは、いつも「パパにはないしょよ」と言ってあげてください。家に人が来ると困るとき、子どもに 「お母さんは? と聞かれたら、ちょっとでかけてますというのよ」と言ってきかせましょう。子どもの前で夫に「時には、頭でも痛いことにして会社を休んだらどうなの」と言いましょう……。

2005年 「育児・しつけ教室」(5〜6歳まで)のねらい
5歳児の子どもには、家の中以外にも、興味を広げるチャンスをたくさん与えなくてはなりません。新しいものを知りたい、試したいという学習意欲がとても旺盛な時期です。学校へあがる前に無気力にさせてしまって、独創力がそがれることがないように注意しましょう。子どもは退屈すると、手に負えなくなってしまいます。反対に、心が満たされていると楽しくて、意欲的になります。この時期の対応を間違えてしまうと、子どもの意欲を取り戻すために、時間的にも気分的にも……。

2017年版 12月15日はこんな日

投稿日:2017年12月15日(金) 05:28

2017年版 12月14日はこんな日


● 今日(12月14日)の主なできごと

1702年  赤穂浪士の討ち入り……この日の深夜、赤穂藩(今の兵庫県)の元藩主・浅野内匠頭(たくみのかみ)長矩の元家臣の大石内蔵助良雄を中心とした47人の浪人(赤穂浪士)たちが、本所の吉良邸に討ち入りし、主君の仇討ちを成しとげた。前年の1701年3月、江戸城松之廊下で元藩主の浅野が、幕府の礼式を司る高家筆頭の吉良上野介義央(よしなか)に小刀で切りかかるという事件が起った。浅野には即日切腹、領地没収という厳しい処置がとられたにもかかわらず、吉良には一切のおとがめがなかったのが、事件の発端となった。家臣たちは主君の仇を討つ為に綿密に計画を練り、12月14日寅の刻 (現在の暦法では15日午前3時ごろだが、当時は日の出の時間に日付が変わっていたため14日)、大石の率いる47人が、本所の堀部安兵衛宅に集まり、そこから吉良邸へ討ち入った。約2時間の戦いの末、浪士側は一人の死者を出さずに吉良の首を取ることができた。世論は武士の本懐を遂げた赤穂浪士たちに味方し、幕府は翌年2月4日、死罪でなく、一同切腹という温情な処置をとった。この事件を題材として、歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』など100種以上の作品が作られ、現在まで語り継がれている。この日は「四十七士討ち入りの日/忠臣蔵の日」記念日に制定され、浅野や大石たちの墓のある泉岳寺(東京港区高輪)では、毎年この日に「義士祭」が行われる。


● 今日の主な記念日・恒例日

南極の日……1911年のこの日、ノルウェーの探検家・アムンゼンと4人の隊員が人類で初めて南極点に到達したことにちなむ記念日。


● 今日生まれた人

1546年 ブラーエ……デンマークの天文学者・占星学者。膨大な天体観測記録を残し、ケプラーの法則を生む基礎を作る。

1883年 植芝盛平……明治・大正・昭和期の武道家。「合気道」の開祖。

1901年 阪東妻三郎……大正・昭和期の映画俳優。代表作『雄呂血』『無法松の一生』など。


● 今日亡くなった人

1799年 ワシントン……アメリカの軍人・政治家。初代アメリカ大統領。「アメリカ合衆国建国の父」

1840年 谷文晁……江戸時代・中・後期の南画家。代表作『公余探勝図』『青山園荘図稿』など。

1955年 安井曽太郎……大正・昭和期の洋画家。代表作『金蓉』『婦人像』など。

1974年 リップマン……アメリカのジャーナリスト・政治評論家・社会心理学者。


● 過去のマイブログ「12月14日」のテーマ

2015年  「ジャーナリストの手本」 リップマン
アメリカのジャーナリスト・コラムニストで、半世紀にわたり最も影響力ある政治評論家といわれたリップマンが、1974年に亡くなった日です。1889年、ドイツからのユダヤ系移民の3世としてニーヨーク市に生まれウォルター・リップマンは、1906年にハーバード大学に入学、哲学を専攻して3年間で全単位を修得、最後の1年は同大学教授で哲学者のサンタヤーナの助手をつとめ、1910年に最優等賞で卒業する逸材でした。卒業後は、著名なジャーナリストのステファンズの招きにこたえ……。

2012年 「おもしろ古典落語」98回目 『穴(あな)どろ』
「おい、いま帰った」「いままでどこをほっつき歩いてたんだよ、お金はできたのかい?」「あいにくだ」「そんなことだろうと思ったよ。お金の算段もできないくせに、また飲んだとみえて、赤い顔をしてよく帰れたもんだ。で、お店(たな)へは行ったのかい」「うん、行ったらな、番頭さんが『この前用立てたのもそれっきりになってるのに、どの面さげてそんなこといってきた』っていうから、ふだんの面してまいりましたっていったら、おれの面をつくづく見て感心してた……。

2011年 「ケプラー」 を育てたブラーエ
望遠鏡時代がはじまる前の最大の天文観測家といわれるデンマークのブラーエが、1546年に生まれた日です。デンマークの貴族の家に生まれたチコ・ブラーエは、コペンハーゲンの大学で古典的教養を身につけ、政治家をめざしましたが、1560年に予告された通り部分日食が始まったことに驚いて、天文学を志すようになりました。北ヨーロッパ各地を遍歴しながら、天体観測をするいっぽう、占星術にも関心を持つようになります。そのうち、当時用いられていた天文暦にずれがある……。

2010年 昭和を代表する洋画家・安井曽太郎
梅原龍三郎とならび、第2次世界大戦前後の日本洋画界をリードしてきた安井曽太郎(やすい そうたろう)が、1955年に亡くなった日です。1888年、京都で木綿問屋を営む商人の家に生まれた安井曽太郎は、当時の商人の息子の常として商業学校へ入学しましたが、反対する親を説得して絵の道に進みました。1903年に聖護院洋画研究所(のちの関西美術院)に入門、浅井忠らに師事して、梅原龍三郎らとともにここで研さんを続けました。その勉強ぶりはすさまじいもので……。

2009年 アメリカ建国の父・ワシントン
イギリスからの独立戦争で総司令官として活躍し、アメリカ合衆国初代大統領となったワシントンが、1799年に亡くなった日です。ジョージ・ワシントンは、1732年、当時イギリスの植民地だったバージニア州で豊かな農園主の家に生まれました。その頃の地主の子どもは、イギリスで教育を受けることがふつうでしたが、11歳のときに父親が亡くなったため、地元で初等教育をうけただけで、独学で測量技術の勉強をし、19歳で測量士の免状をとりました。ワシントンが20歳のとき……。

2007年 赤穂浪士の討ち入り
1702年12月15日の朝、江戸市民は、赤穂浪士たちが未明に、吉良義央の首をとったという大ニュースにわきたちました。いったい、この事件はどうしておきたのでしょう。大石良雄は、赤穂義士の指導者として有名です。1701年3月、江戸城内の松の廊下で、良雄の主君赤穂(兵庫県)城主浅野長矩が、幕府につかえる吉良義央に、とつぜん切りかかりました。わいろをおくってこなかったことを根にもった義央が、大勢の前で長矩に恥をかかせたためだといわれています……。

2006年 「ダメな子・よい子の育て方」 連載開始
とかく、子どもは親の後姿を見ながら育ちます。親の対応の仕方で、子どもを「ダメにする」ことはじつに簡単です。ところが、「良い子に育てる」には、親は相当努力をしなくてはなりません。以前、「月刊 日本読書クラブ」に連載していた「わが子をダメにしたいお母さんへ」「わが子をよい子にしたいお母さんへ」を基に、加筆、訂正しながら進めます。子育てはどうあるべきかを、いっしょに考えてまいりましょう。

2005年 「育児・しつけ教室」(4〜5歳まで)のねらい
4歳から5歳になると、新しい技能が芽生え、いままで以上に感情のコントロールができるようになり、大人の世界とのつながりも一層深まって、旺盛な独立心を示すようになります。この独立心は、着替えをしたり、身体を洗ったり、お母さんの手伝いをしたりするときに、特に顕著にあらわれます。しかし、練習をして、技能をマスターするという点では、まだまだ大人の力を借りなければなりません。この時期も、言葉の発達にすばらしいものがあります……。

2017年版 12月14日はこんな日

投稿日:2017年12月14日(木) 05:21

2017年版 12月13日はこんな日


● 今日(12月13日)の主なできごと

1937年 南京大虐殺……同年7月、北京郊外の盧溝橋近くで日中両軍が衝突(盧溝橋事件)して全面戦争になっていたが、日本軍は当時の中国の首都南京を占領し、軍人ばかりでなく、女性や子どもを含むたくさんの市民を殺した。この日の犠牲者は、中国側の発表では30数万人、日本の研究でも3万人以上とされているが、いまだに真相はわかっていない。


● 今日の主な記念日・恒例日

ビタミンの日……1910年のこの日、鈴木梅太郎が、米糠(ぬか)から抽出した脚気を予防する成分に「オリザニン」(1年後に発見されたビタミンB1と同じ物質であることが判明)と命名したことを東京化学会で発表したことにちなみ、『ビタミンの日』制定委員会が2000年に制定。

双子の日……1874年のこの日、「双子の場合は、先に産まれた方を兄・姉とする」という太政官指令が出された。それまでは、後に産まれた子を兄・姉とする地方もあったといわれている。


● 今日生まれた人

1816年 ジーメンス……ドイツの電気技術者・電信事業家。「電車」を発明し、世界初の営業運転。コンダクタンス(電気伝導力)の単位S(ジーメンス)の名の由来。

1797年 ハイネ……ドイツの文学者・評論家。代表作『歌の本』『ドイツ・冬物語』など。「愛と革命の詩人」

1871年 田山花袋……明治・大正・昭和期の小説家・詩人。代表作『蒲団』『田舎教師』など。

1877年 大谷竹次郎……明治・大正・昭和期の実業家。「松竹」創業。

1902年 屋良朝苗……昭和期の教育者・政治家。初・2代沖縄県知事歴任。


● 今日亡くなった人

1213年 平徳子(建礼門院)……平安時代後期から鎌倉時代前期の女性。平清盛の次女で安徳天皇の母。

1901年 中江兆民……明治期の思想家・政治家。自由民権思想家。「東洋のルソー」

1969年 獅子文六……昭和期の小説家・劇作家・演出家。代表作『悦ちゃん』『大番』『てんやわんや』『娘と私』など。

1977年 小原国芳……明治・大正・昭和期の教育家。「玉川学園」創立。


● 過去のマイブログ「12月13日」のテーマ

2013年  理想教育をめざした小原国芳
玉川学園の創立者として国際的に知られる教育家の小原国芳(おばら くによし)が、1977年に亡くなった日です。1887年、現在の鹿児島県南さつま市に生まれた小原国芳は、鹿児島師範学校や広島高等師範学校を卒業し、1913年に香川師範学校の教師となりました。真の教育をめざす小原は、1915年に29歳で京都帝国大哲学科に入学し、1918年に卒業しましたが、卒業論文「宗教による教育の救済」は、原稿用紙1500枚におよぶ長大なもので、後に『教育の根本問題としての宗教』として出版……。

2012年  [おもしろ民話集 65] 夜泣き石
昔あるところに、貧しい百姓夫婦がありました。ふとした風邪をこじらせて夫を失くしたため、こまった身重のおかみさんは、となり村の知りあいをたよってお金を借りてきました。その帰り道、ある峠にさしかかったときには、夕暮れがせまっていました。すると、急に陣痛に見舞われ、松の根元にすわりこんで痛みをこらえていました。そこを通りかかったひとりの侍は、しばらく介抱していましたが、おかみさんが金を持っているのがわかると、「その金をよこせ」といいました……。

2011年 「寂光院」 と建礼門院
平清盛の次女で、高倉天皇の中宮となり、安徳天皇の生母である平徳子(たいらの とくこ) 院号・建礼門院(けんれいもんいん)が、「壇ノ浦の戦い」で入水するも助け出され、京都・大原の寂光院(じゃっこういん)で、1214年に亡くなった日です。1155年、平清盛と時子の間に生まれた徳子は、16歳で、後白河法皇の養女となって宮中に入り、1172年に高倉天皇の中宮(皇后)となりました。この結婚は、平家一門の権勢を伸ばすための政略的なもので、徳子の使命は「天皇の子を生む」ことでした……。

2010年 自然主義文学を代表する田山花袋
『蒲団(ふとん)』『田舎教師』などを著し、島崎藤村と並び自然主義文学を代表する作家といわれる田山花袋(たやま かたい)が、1871年に生まれた日です。今の群馬県館林市の代々藩士だった家に生まれた田山花袋は、12歳から漢学塾で漢詩文を学び、和歌や西洋文学にも親しみました。西南戦争で父が戦死したあと、上京して書店員をするなど帰郷と上京をくりかえすうち、作家をこころざすようになりました。そして1891年、尾崎紅葉に弟子入りし、文学の指導を受けました……。

2007年  [おもしろ民話集 25] かわいそうな悪魔
むかし、ある村の農夫が、1ぴきのめ牛を飼っていました。春になると、め牛を牧草地へ連れて行って、草を食べさせます。「神様、いつも私らをお守りくださり、ありがとうございます。今年もこのめ牛に、草をたっぷり食べさせてください。お願いいたします」 と、祈りました。この様子を、悪魔がしげみのかげから見ていました。「人間ってやつは、何でもうまくいくと神様に礼をいう。悪くいくと必ずおれのせいにする。チクショー、今に見ておれ」それから2、3日たちました……。

2006年 自ら創りあげたイメージは、映像をはるかに越える
ごく最近も、大きくふくらんだイメージ体験をしました。今年の2月ごろ、話題になっていた「ダビンチコード」を読んだのです。キリスト教の世界を良く知らない日本人にはかなり骨の折れる作品だなと思いながらも、展開するストーリーの面白さにグイグイ引きつけられて10日ほどで読破しました。5月に映画が公開されたのは知っていましたが、あまり見に行きたい気になれませんでした。その後、ダビンチに関する本を数冊読み、聖書の勉強もし、11月のDVD発売後すぐに購入し……。

2005年 「育児・しつけ教室」(3〜4歳)のねらい
3歳になると、言葉は急速な広がりを見せるようになります。しかしこれは、子どもに接するお母さんお父さんの姿勢によって大きく左右されます。両親は、子どもの興味をひいたり、喜びそうな話題について、いつも心をくばっていくことが大切です。ひとりで出来ることが多くなり、友だちとも遊べるようになります。この本に、たくさん出てくるような疑似体験やごっこ遊びを積極的にやらせてあげて下さい。絵本は、単純なストーリーのある物語などが好きで……。

2017年版 12月13日はこんな日

投稿日:2017年12月13日(水) 05:31

2017年版 12月12日はこんな日


● 今日(12月12日)の主なできごと

1862年 英国公使館を焼き討ち……1858年の「日米修好条約」に反対する長州藩士の高杉晋作らは、幕府を窮地に立たせようと江戸・品川に建設中のイギリス公使館を焼き討ちにした。


● 今日の主な記念日・恒例日

漢字の日……「いい(1)じ(2)いち(1)じ(2)」(いい字1字)の語呂合せから、日本漢字能力検定協会(漢検)が1995年に制定。同協会は毎年、その年の世相を象徴する「今年を表現する漢字」を全国から募集し、この日に京都の清水寺で発表されるのが恒例となっている。

バッテリーの日……日本蓄電池工業会(今の電池工業会)が1985年に「カーバッテリーの日」としていたのを、1991年に「バッテリーの日」と名称を変更。

ダズンローズデー……ブライダルファッションの第一人者である桂由美と内田和子が提唱。12本のばら(ローズ)を愛情の印として恋人に贈る日。

児童福祉法公布記念日……1947年のこの日、「児童福祉法」が公布されたことにちなむ記念日で、翌1948年4月1日から全面施行された。


● 今日生まれた人

1821年 フロベール……フランスの小説家。代表作『ボバリー夫人』など。

1834年 福沢諭吉……明治期の民間教育者・啓蒙思想家。「慶応義塾」設立。代表著作『学問のすすめ』『福翁自伝』など。

1863年 ムンク……ノルウェーの画家。代表作『叫び』『思春期』『マドンナ』など。

1902年 佐伯孝夫……昭和期の作詞家。代表作『鈴懸の径』『湯島の白梅』『有楽町で逢いましょう』『東京ナイトクラブ』『潮来笠』『いつでも夢を』など。

1915年 フランク・シナトラ……アメリカの歌手・俳優。代表作「マイ・ウェイ」(歌)、『地上より永遠に』『踊る大紐育』『上流社会』『脱走特急』(映画)など。


● 今日亡くなった人

1800年 朱楽菅江……江戸時代中・後期の狂歌作者・戯作者。大田南畝、唐衣橘洲と並ぶ天明三大家の一人。

1897年 浜田彦蔵(ジョセフ・ヒコ) ……幕末から明治期の漂流者・通訳・貿易商。

1923年 ラディゲ……フランスの小説家・詩人。代表作『肉体の悪魔』『ドルジェル伯の舞踏会』。

1955年 百田宗治……大正・昭和期の詩人。「児童自由詩」提唱。

1963年 小津安二郎……昭和期の映画監督。代表作『晩春』『麦秋』『東京物語』『彼岸花』『秋刀魚の味』など。 

1989年 田河水泡……昭和期の漫画家。代表作『のらくろ』シリーズ。


● 過去のマイブログ「12月12日」のテーマ

2014年 『どこかで春が』 の百田宗治
「民衆派詩人」として広く知られ、児童自由詩を提唱して全国規模の綴り方運動を普及させた百田宗治(ももた そうじ)が、1955年に亡くなった日です。1893年、大阪市に生まれた百田宗治(本名・宗次)は、高等小学校卒業後、個人的にフランス語を独学したり、ニーチェやドストエフスキーを愛読する文学青年でした。少年のころから楓花の名で短歌を作り、1910年に歌集『愛の鳥』を出版。1911年のころから詩を書き始め、1915年に処女詩集『最初の一人』を刊行しました……。

2013年 「おもしろ古典落語」136回目 『抜(ぬ)け雀(すずめ)』
相州(神奈川)の小田原に、夫婦二人だけの小さな宿屋がありました。「ちょいと、おまえさん。2階にいる3番のお客さん、どうするつもりだい。あれから5日になるけど、朝から酒ばかりのんで、やれ刺身をもってこいの、酢のものがいいのと、かってなことばかりいって、それでいて勘定のことは、かの字もいわないよ」「あんまりきついことをいうな。はじめに約束したんだからしかたがない。『酒はまいにち朝昼晩に1升、まずいものは食わぬ。とりあえず100両もあずけておくか』というから……。

2012年 世界の小津安二郎
映画『東京物語』『彼岸花』『秋刀魚の味』などの監督として、黒沢明とともに世界から高い評価をえている小津安二郎(おづ やすじろう)が、1903年に生れ、1963年に亡くなった日です。東京・深川にあった肥料問屋の5人兄弟の次男として生れた小津は、「子どものころは都会より田舎で育てたほうがよい」という父の方針で、1913年に父の生家の三重・松阪に移りました。旧制中学の寄宿舎に入り、この時に見たアメリカ映画「シビリゼーション」に感動し、映画監督をめざすようになります……。

2011年 「新聞の父」 ジョセフ彦
今日12月12日は、数奇な運命からアメリカに渡り、幕末に通訳で活躍した浜田彦蔵(はまだ ひこぞう)・英語名ジョセフ・ヒコが、1897年に亡くなった日です。日本人として初めて米国籍を得、幕末の木戸孝允、西郷隆盛、伊藤博文らに、アメリカの民主政治を語って、開眼させたことでも知られています。1837年、播磨国(現・兵庫県播磨町)で生まれた浜田は幼い頃に父を失くし、13歳の時に母を亡くした直後に義父の船に乗って江戸見物をした帰り、遠州灘で暴風雨にあって難破、51日間太平洋を漂流した後……。

2008年 「そそっかしい」 「赤の他人」 「べそをかく」
「そそっかしい」━━ 態度や行動に落ち着きがないこと、軽はずみであること、あわてものであることをいいますが、語源は馬を追うかけ声からきたものとされています。古語で「そ」とは馬を追うことをいい、やがて「それそれ」という意の「そそ」という言葉が生まれ、さらに、落ち着かない、そわそわする意の「そそく」から「そそかしい」へ転化してきました。「赤の他人」━━「赤」は古語で「まるっきり」という意で、これから、まったく縁もゆかりもない他人のことをさす……。

2007年 落ち葉は 「木の冬眠」 ?
晩秋になると、落ち葉する木がたくさんあります。イチョウの黄色い葉、カエデやツタの赤い葉、ケヤキやブナなどのオレンジから茶色の葉、色とりどりの葉がとてもきれいです。でも、マツやモミ、スギやツバキなどは、一年中緑色のままです。木の種類には大きく2つの種類にわかれていて、紅葉する木を「落葉樹」、紅葉しない木を「常緑樹」(一年中緑色の木)というふうに分類しています。紅葉する前は、どの木も緑色をしています。緑といっても、うす緑も、濃い緑、黄緑とか……。

2006年 イメージを大きくふくらませる子に
読書したり、本を読んでもらったりすると、どのようなことが展開するのかを少し掘り下げて考えてみましょう。読んだり聞いたりしたその言葉から、人は独自のイメージを創りあげます。さまざまな体験をもとにしたイメージです。幼児はその体験が少ないので、さし絵が必要になります。絵本の1シーンを見せ、次のシーンを思い浮かべることを容易にするためです。そのうち文字や言葉だけで、自由に想像することができるようになるわけですが……。

2017年版 12月12日はこんな日

投稿日:2017年12月12日(火) 05:25

2017年版 12月11日はこんな日


● 今日(12月11日)の主なできごと

1485年 山城国一揆……日本最大の内乱といわれる応仁の乱(1467-77)の主な原因は、8代将軍足利義政に仕える守護大名畠山持国の実子義就(よしなり)と、養子政長の家督争いだった。この争いが、乱後も続いたため、この日住民たちは大規模な一揆をおこし、平等院に集合して、8年もの間、山城国の政治を自治的に運営した。

1997年 「京都議定書」採択……地球温暖化防止京都会議(COP3)が閉幕し、温室効果ガスの削減目標を定めた「京都議定書」が採択された。日本は、2008〜12年までに、1990年に比べ、6%削減が目標となった。


● 今日の主な記念日・恒例日

ユニセフ創立記念日……1946年のこの日、国連児童基金(ユニセフ)の前身・国連国際児童緊急基金が創立された。

百円玉記念日……1957年のこの日、それまでの板垣退助の肖像の紙幣にかわり、百円硬貨が発行されたことにちなむ記念日。

その他の記念日……胃腸の日・タンゴの日など。


● 今日生まれた人

1803年 ベルリオーズ……フランスの作曲家。代表作『幻想交響曲』 『ロメオとジュリエット』『夏の夜』『イタリアのハロルド』など。

1834年 岩崎弥太郎……幕末から明治期の実業家。「三菱財閥」創始者。

1843年 コッホ……ドイツの細菌学者。炭疽菌・結核菌・コレラ菌の発見。「細菌培養法」の基礎を確立。「近代細菌学の開祖」

1864年 ルブラン……フランスの小説家。代表作『怪盗紳士アルセーヌ・ルパン』シリーズ。

1898年 東海林太郎……昭和期の歌手。代表曲『赤城の子守唄』『国境の町』『旅笠道中』『すみだ川』など。

1918年 ソルジェニーツィン……ソ連の小説家。代表作『イワン・デニーソビッチの一日』『収容所群島』『ガン病棟』など。


● 今日亡くなった人

1223年 運慶……平安時代後期から鎌倉時代初期の仏師。代表作『東大寺金剛力士像』 『円成寺大日如来像』『興福寺北円堂弥勒仏像』『興福寺北円堂無著像』など。

1768年 白隠……江戸中期の禅僧。「臨済宗」中興の祖。代表著作『夜船閑話』『坐禅和讃』など。

1950年 長岡半太郎……物理学者。土星型原子モデル提唱、原子核の存在予見など、地球物理学・数理物理学の発展に貢献。

1981年 田辺茂一……昭和期の実業家・随筆家。「紀伊国屋書店」創業。『芸者の肌』『おんな新幹線』『すたこらさっさ』などの著書。

1984年 中西悟堂……大正・昭和期の僧侶・歌人・詩人・野鳥研究家。「日本野鳥の会」設立。

1992年 岸洋子……昭和・平成期の歌手。代表曲『夜明けのうた』『恋心』『希望』『想い出のソレンツァーラ』『わかっているの』など。


● 過去のマイブログ「12月11日」のテーマ

2015年  「臨済宗中興の祖」 白隠
江戸中期の禅僧で、20数年にもわたる苦しみの修行の末に自らを納得させる悟りを完成させ、「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」とうたわれた白隠(はくいん)禅師が、1768年に亡くなった日です。1686年、駿河国原宿(今の静岡県沼津市原)にあった杉山家の3男として生まれた白隠(幼名・岩次郎)は、15歳のとき松蔭寺で出家得度し……。

2014年 「不良老人」 田辺茂一
紀伊国屋書店を創業し、出版業や演劇ホールを設けるなど文化芸術活動を支援した田辺茂一(たなべ もいち)が、1981年に亡くなった日です。1905年、薪炭問屋「紀伊国屋」の長男として東京新宿に生まれた田辺茂一は、小学生のころ、父に連れられて入った丸善で洋書に魅せられ、書店経営を志すようになりました。1926年慶応義塾高等部を卒業すると……。

2013年 「野の鳥は野に」 の中西悟堂
野鳥の研究や保護の基礎をきずき、「日本野鳥の会」を創立した野鳥研究家で詩人・随筆家の中西悟堂(なかにし ごどう)が、1984年に亡くなった日です。1895年、石川県金沢市に生まれた中西悟堂は、生後まもなく両親を亡くし、天台宗の僧侶だったおじの養子となってそだてられました。1907年に養父や祖母とともに東京・調布の祇園寺に移住、1911年16歳のとき……。

2012年 『幻想交響曲』 のベルリオーズ
フランスのロマン派音楽の代表的作曲家ベルリオーズが、1803年に生れた日です。パリの南約250kmにあるラ・コート・サンタンドレに開業医の子として生まれたエクトール・ベルリオーズは、学校へ通わずに、18歳まで父からラテン語、文学、歴史、地理、数学などを学びました。14、5歳のころフルートやギターを習う程度で特別な音楽教育を受けることなく……。

2009年  南北朝時代のきっかけ
後醍醐天皇による建武新政府に反旗をひるがえした足利尊氏は、1335年のこの日、箱根・竹ノ下の戦いで新田義貞軍を破りました。この戦いをきっかけに、南北朝内乱時代がはじまりました。1333年に鎌倉幕府を倒して成立した建武政権でしたが、天皇は武士たちを政治に近づけようとはしません。天皇が皇族や貴族ばかりを重視します。武士たちは不満を募らせ……。

2008年 仏像彫刻の雄・運慶
国宝となっている東大寺南大門の「仁王像」などの仏像彫刻を残した、鎌倉時代初期に活躍した仏師・運慶(うんけい)が、1223年に亡くなった日です。仏像をつくる人の事を仏師といいます。運慶は、鎌倉時代初めのころの仏師です。生まれた年はわかりません。父の康慶も、力強い仏像をつくって名を高めた、すぐれた仏師でした。運慶は、幼いころから……。

2007年 うそをつく子には、親に原因がある
子どもがうそをつき始めるのは、理由はともかく、「ほんとうのことを知られると、もう、いい子と思ってもらえない。もう、かわいがってもらえない」 と考えるからです。うそをつき始めた子どもへの対処には、このことを十分知っておかなければなりません。「うそをついた」 という、その事実だけを問題にして 「なぜうそをついたの」 という叱り方をすれば……。

2006年  読書から知った、世の中の奥深さ
テレビがなかった頃は、どの家も、ひとつちゃぶ台を前にみんな集まり、おしゃべりしながら食事をするなど、貧しくとも、会話と団らんがありました。私の子ども時代を思い起こせば、食事を終えると冬はコタツに入り、みかんを食べながらトランプやいろはカルタ、時には百人一首に興じ、満ち足りた時間を過ごしたものです。夏はひとつ蚊帳に入り……。

2017年版 12月11日はこんな日

投稿日:2017年12月11日(月) 05:59

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)