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「シルクロード画家」 平山郁夫

今日12月2日は、仏教伝来の道や東西文化の交流、シルクロードをテーマに悠久の歴史をたたえた画風で知られる日本画家の重鎮平山郁夫(ひらやま いくお)が、2009年に亡くなった日です。

1930年、広島県(今の尾道市)瀬戸田に生まれた平山郁夫は、旧制修道中の生徒だった1945年8月6日、学徒動員先の広島市内で被爆し、九死に一生を得ました。彫金家の大伯父に勧められ、東京美術学校(現東京芸術大)に入学し、前田青邨らの指導を受けて1952年に卒業。翌年の院展に『家路』で初入選して以来、入選を重ねました。そして1959年、原爆後遺症(白血球減少)で死を覚悟するなかを玄奘三蔵(三蔵法師)をテーマに『仏教伝来』を発表し、いちやく脚光を浴びました。これをきっかけに、仏教の道を取材し続け、連作を発表していきました。 

やがて、古代インドに発生した仏教がアジアの果ての島国にまで伝えられた道と、文化の西と東を結んだシルクロードへの憧憬につながっていきます。1966年にトルコを訪れたのを機に、60年代後半からシルクロードの遺跡や中国を訪ね、極寒のヒマラヤ山脈から酷暑のタクラマカン砂漠に至るまでシルクロードをくまなく旅しました。その成果は、奈良・薬師寺玄奘三蔵院の壁画や、山梨県甲斐小泉駅前にある「平山郁夫シルクロード美術館」(この美術館は、芸大の同級生で夫人となり、常にかたわらで平山をささえてきた美知子が館長を務めています) に収録されています。

さらに、法隆寺金堂、高松塚古墳の壁画を模写するなど、仏教文化や文化財の保存修復に尽したほか、海外の文化財にも目を向け、ユネスコ親善大使として世界の文化遺産保護にも尽力し「文化財赤十字」活動を提唱して、カンボジアのアンコール遺跡救済活動、敦煌(中国)の莫高窟や高句麗壁画(北朝鮮)の保存、南京城壁の修復事業、仏教遺跡バーミヤン(アフガニスタン)の大仏保護事業などを行ってきました。 

さらに活動のかたわら、1996年から日本美術院理事長を務め、母校の東京芸大学長を1989年からと2001年からの計10年間にわたって務め、後進の指導にあたりました。1998年には文化勲章を受章。郷里の尾道市瀬戸田には、1994年から「平山郁夫美術館」をオープンしています。


「12月2日にあった主なできごと」

1922年 ベル死去…聾唖(ろうあ)者の発音矯正などの仕事を通じて音声研究を深めているうちに、磁石式の電話機を発明したベルが亡くなりました。

1970年 歩行者天国…東京銀座・新宿・渋谷などで、歩行者天国が実施され、ふだんの日曜日の2.4倍もの人びとがくりだしました。この日の一酸化炭素濃度が、ふだんの日の5分の1になったことから、車の排気ガス汚染を食い止め、汚染のない環境をとりもどそうと、全国各地に広まるきっかけになりました。
投稿日:2014年12月02日(火) 05:57

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)