児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ Top >  今日はこんな日 >  「悲劇のヒロイン」 松井須磨子

「悲劇のヒロイン」 松井須磨子

今日1月5日は、島村抱月と「芸術座」を結成し、トルストイ原作『復活』の劇中歌「カチューシャ」を大ヒットさせるなど、新劇女優として活躍するものの、急死した抱月を追って自殺した松井須磨子(まつい すまこ)が、1919年に亡くなった日です。

1886年、今の長野市松代町に旧松代藩士の5女として生まれた松井須磨子(本名・小林正子)は、17歳のとき、菓子屋「風月堂」に嫁いでいた姉を頼って上京し、戸板裁縫女学校に入学しました。翌年、千葉県木更津にあった割烹店の経営者と結婚するものの、病気がちを理由に義母にうとまれて半年で離婚、東京にもどって女優を志すと、1909年、坪内逍遥や島村抱月が設立した初の新劇団体「文芸協会」演劇研究所第1期生となりました。抱月らの指導を受けるうちめきめき上達し、演劇にのめりこんでいきました。、

そして1911年、「帝国劇場」で演じた『ハムレット』(シェークスピア作)のオフィーリア役で評判をとり、つづいて抱月の演出による『人形の家』(イプセン作)の主人公ノラを演じて名声をえると、新劇女優として初のスターの座につきました。しかし一方、舞台の上では大胆なラブシーンを演じる須磨子には「みだらな女」というイメージを持たれ、世間の悪評もついてまわりました。やがて、妻子ある抱月との恋におちた須磨子は、それをとがめられたことで「文芸協会」を追放され、1913年、抱月と「芸術座」を旗揚げしました。

以後、芸術座の主演女優として『サロメ』(ワイルド作)『モンナ・バンナ』(メーテルリンク作)などの作品で成功をおさめ、特に『復活』(トルストイ原作、抱月訳)のカチューシャ役が大当たりとなり、全国的な人気女優となったばかりか、須磨子が歌った主題歌『カチューシャの唄』(抱月作詞・中山晋平作曲)のレコードも当時としては異例の2万枚を超える大ヒットとなりました。

カチューシャかわいや わかれのつらさ
せめて淡雪 とけぬ間と
神に願いを(ララ)かけましょうか

カチューシャかわいや わかれのつらさ
今宵ひと夜に 降る雪の
あすは野山の(ララ)路かくせ…

須磨子の私生活も、舞台と同じように情熱的で、1918年11月、スペイン風邪で抱月が急死すると、2か後のこの日、有楽座での『カルメン』の公演終了後、芸術座にもどると、遺書をしたため、自殺しました。この死により、須磨子は「みだらな女」から「悲劇のヒロイン」とみなされるようになったのでした。


「1月5日にあった主なできごと」

1867年 夏目漱石誕生…『坊ちゃん』『吾輩は猫である』『草枕』などの小説で、森鴎外と並び近代日本文学界の巨星といわれる夏目漱石が生まれました。

1869年  横井小楠死去……幕末から明治維新にかけて思想家・政治家として活躍し、維新の十傑のひとりとされる横井小楠が、この日暗殺されました。
投稿日:2015年01月05日(月) 05:53

 <  前の記事 新年のごあいさつ  |  トップページ  |  次の記事 「点字開発」 のブライユ  > 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://mt.izumishobo.co.jp/mt-tb.cgi/3488

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

         

2015年01月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

月別アーカイブ

 

Mobile

児童英語・図書出版社 社長のこだわりプログmobile ver. http://mt.izumishobo.co.jp/plugins/Mobile/mtm.cgi?b=6

プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)