業界に詳しい人に聞いてみると、雑貨を取扱う会社というのは、定価の2掛、3掛が常識だから、返品条件はあるものの70%前後で取次店に納入する書籍とはまったく違う世界、しっかりソロバンをはじいて見積りを出さないと相手にされないとおどかされた。幸い、樫村社長は、製薬会社に勤務していたころの仕事は資材部で、その責任者を長くやってきた。資材部というのは、薬の効能書やパッケージなどの印刷物を制作する部署で、いかに安くて質の良いものを効率的に入手するか、こういうことを四六時中考えながら発注することを主な業務にしてきたという。前職当時からつきあいのあったB社という印刷業者にかけあい、もうこれ以上は下げられないというシビアな見積りを出してもらい、再度J・チェーンのY社長をたずねた。
「まあまあの見積りが出ましたね。ただ、ひとつ条件があります。各集1万セットを2万セットに増やしますから、単価を30%下げてください。それが可能なら契約しましょう」と、即断するのだ。それを聞いてわれわれは、すぐにB社を訪ね、なんとかJ・チェーンの条件に合う見積りをもらえないかと交渉した。2、3日後にB社から、社運をかけてやりましょうという返事をもらうことができた。熱意が通じたのだ。こうして、毎月1集分2万セット・8万冊、10ヶ月で完成、総冊数80万冊という契約を、J・チェーンの仕入れ部門を担当する系列会社、J総業と交わすことができた。当社の利益はすずめの涙ほどしかなかったが、全巻を完成させることができれば、まだ数百人ではあったが、私を信用して全巻予約してくれた人たちにウソをつかずに済むということ、このことが私にはいちばん嬉しかった。もちろん、うまく事が進めばというのが大前提ではあったが・・・。