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2時間で3オーダー

「酒井さん、この絵本は売れますよ。15年以上前に、世界文化社という会社からでていた『科学ブック』というシリーズがありましてね、これが毎日のように1日7オーダー、8オーダーと契約が取れたことがありました。あの快感を久しぶりに思い出しました」

ニコニコしながらW氏は、取ってきたばかりの「ポケット絵本」の契約書を3枚、テーブルの上に置いた。顧客の住所を見ると、3枚とも、すぐ近くにある集合住宅だった。時計を見ると、事務所を出ていってからわずか2時間ほどしか経っていない。しかも、毎月配本ではなく、全巻一括納品、納品時に現金支払いという契約なのである。私はとっさに、Wさんの営業方法が知りたくなり、同行させてもらえないかと頼んでみた。

「いいですよ。でも、私もこの絵本のこともう少し知っておきたいし、2、3日時間をください。もうちょっと、まともな話もしたいから。さっきなんか、どんな話をしたと思います? ひどいもんですよ。ドアをたたいて出てきた奥さんに、『私、何やさんだと思います?』ですもんね。20年以上営業してきて、はじめて手ぶらで仕事をしたもんで、何かうれしくてね。『さあ、何でしょう?』というんで、実はこういう絵本なんですよ、とおもむろにポケットから絵本を出しました。『まあ、可愛い本』と手にとって中をめくっているうち、子どもが出てきて離さない。『いくらなの、いただくわ』という具合で、ほとんど営業らしいことをしないで買ってくれたんですよ。だから、こんなのは参考になりませんものね」

私は、「ポケット絵本のねらい」という、数ページにポイントをまとめた冊子をW氏に渡し、セールス話法の参考にしてもらうことにした。

投稿日:2005年07月22日(金) 10:37

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)