「いずみ書房」に入社した人たちへの社員研修のスタートは、私がやることにしている。会社の出版理念を、最初の段階でしっかり知ってもらいたいためである。出版流通のしくみや、当社が取次店→書店という一般的な流通に頼らない独自の歩みをしてきた理由など、基本的なことを講習した後、「いずみ書房」創業のころの話をする。A社社長H氏の詐欺行為に嫌気がさして見切りをつけたのはよいが、そのときすでに、日本昔話を中心にシリーズの制作を20点近く手がけ、5、6点は出版できるところまで進行していた。何とか日の目を見させなくては、頑張って描き上げてくれた若い絵かきさんや、文を担当した人に申し訳ない。たくさんの人に声をかけた中で、コンピューターの部品会社を経営するF氏に出会った。ある宗教団体の青年部の代表という立場でもあるという。
「日本の昔話を中心に、世界の名作童話を加えて、40巻の文庫判の絵本シリーズをこしらえたい。一度に作り上げるのは資金も時間もかかるので、まず4冊を箱入りにした小さなセットを作り第1集とする。これを毎月1集ずつ配本して、全10集・40巻で完結させる」。私の構想を聞いたF氏は、握手を求めてきて、是非この絵本シリーズを売らせて欲しい。自分たちの組織を使えば、1万セットくらい短期間に販売できるはずという。私はこの言葉を信じ、製薬会社を退社したばかりの、妻の父親である樫村文太に出資を申し出て、共同で「いずみ書房」を興す決意を固めた。そして、樫村に社長になってもらい、シリーズ名称を「ポケット絵本」として、第1集1万セットを完成させた。早速、F氏のところに、まだ印刷のにおいの残る完成品を届けた。大喜びしてくれることを期待したところ、あにはからんや浮かない顔をしている。教祖の了解がえられないので、もう少し時間がほしいというのだ。何度電話をかけてもいっこうに事が進まず、結果的にこのルートは断念せざるを得なかった。
ここまで話した後、私は新入社員にこう問いかける。
「文庫判の絵本4冊箱入セットを1万セット完成させはしましたが、販売先の目論見がはずれて途方にくれてしまいました。私は、すぐに本の流通の主流となっている取次店→書店のルートを活用しようと、取次店に出向きました。既成の出版社は取次店に本を納入すると、翌月に納入金額の50%がバックされる仕組みでした。当然、どこの出版社にも適用されるものと思っていたのに、実績のない出版社に対しては非常に厳しい条件しか提示してくれません。納品してから6ヶ月後の締め、返品を差し引いた上、入金は7ヶ月後だというのです。資金は第1集分の支払いで底をついてしまっています。さあ、あなたがそういう立場だったとしたら、どう売りさばきますか」・・・と。