J・チェーンが「マルチ商法」といううわさが広がり始めた頃、Y社長は何か手を打たないとまずいと考えたのだろう。全国組織の引き締めと、納入業者に安心感を与えるため、国際会議が開かれることで有名な「国立京都国際会館」を借り切って、決起大会を開催することになった。この大会で、私ははじめてY社長の演説を聴くことになる。
「無限の発展性を秘めた新しい流通機構を確立しよう、こう決意した私は4年前、J・チェーンを創設した。いまや全国8本部、製造工場群、流通センター、研修所など流通革命を推進するうえでもっとも必要な機構の実現を見るまでに至ったことは、この上ない喜びである・・・。かつて、どの流通企業もなし得なかった理想的な流通機構作りへ向かって、再び力強い前進をしなければならない・・・」 社長の声に呼応するかのように、1000人を越えた会場には、ウォー! という叫び声があがり、熱気がみなぎる。さらにY社長はJ・チェーンの発展は、加盟店のみんなの真摯な努力いかんにかかっていること、そのためには、販売技術の練磨といった技術を身につけることはもちろん、それ以上に、自分自身の人間性を向上させることをめざすこと、換言すれば、《豊かな心》を持った人間になることを強調した。若さあふれる歯切れのよい声、ジェスチャーを交えた説得力ある話術、不思議な魅力を醸し出すカリスマ性。短期間に1000店以上もの加盟店を擁する組織を作り上げることができたのは、この人についていけば未来への大きな希望が、新しい何かを獲得できるのではないかという期待感が大きかったからに違いない。
Y社長の演説の後は、全国8つの本部それぞれの代表が演じる、趣向をこらした寸劇が始まった。どれも成功物語ではあったが、飲んだくれのダメ親父が、奥さんに尻をたたかれてJ・チェーンに加盟してからは、酒もタバコも止め、人が変わったように頑張る姿を、子どもの日記を通して描いた物語は印象的で、30年後の今もはっきり覚えている。