たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 81]
むかし、あるところに、とてもお金持ちの貴族がいました。大きな森にかこまれた家は、まるでお城のようでした。でも、町の人は、その貴族を「青ひげ」と呼んで、あまり近づかないようにしていました。まっ青なひげが気味悪かっただけでなく、これまでに青ひげと結婚した女の人が、6人も次々と消えてしまっていたからです。
さて、この青ひげの家のとなりに、美しい姉妹が住んでいました。青ひげは、「どちらのお嬢さんでもかまいませんから、わたしの嫁になってくれませんか」と、姉妹のお母さんに願い出ました。でも、娘たちはふたりとも、いやがりました。町のうわさを聞いていたし、青ひげをはやした男なんか、胸が悪くなるほどいやなことでしたから。そこで青ひげは、なんとか娘たちと仲良くなろうと考えました。あるとき、この母娘と、近所の知りあいの若い人たちを、いなかの別荘にまねきました。一週間も泊めて、できるかぎりのごちそうをしました。それから、まい日のように森や野原を散歩したり、お茶の会を開いたり、ダンスをしたりしました。夜になっても、だれもベッドに入るのをおしんで、おしゃべりをしたり、ふざけっこをしたり、歌をうたいあったり、それはそれは、にぎやかな毎日でした。そのため、ふたりの娘のうちの妹は、青ひげのひげも気にならなくなったばかりか、青ひげがやさしくて、礼儀ただしい紳士だと思うようになりました。そこで、家にもどると、結婚式をあげました。
それからひと月ばかりたったときのこと、青ひげは、たいせつな用事で、旅行にでかけることになりました。「わたしの留守ちゅうは、気ばらしに、友だちや知りあいを家に招いて、楽しくくらしなさい」と、奥さんにいいました。そして、たくさんのカギを見せて、「これは、食器をしまってある部屋のカギ。これがわたしのいちばん大事な金貨と銀貨を入れた金庫のカギ、これは宝石箱のカギ……。どの部屋に入るときも、こここにあるカギを使えばいい。さて、ここにもうひとつ、小さなカギがあるが、これは、地下の廊下のいちばん奥にある小部屋のカギだ。どの部屋へも、自由に入ってみるのも勝手だが、この地下の小部屋だけは、絶対に入ってはいけない。万一そこへ入ったら、わたしはおこって、なにをするかわからないからね」いいつけは必ず守る、と奥さんが約束すると、青ひげは、馬車に乗って旅だっていきました。
近所の奥さんたちや、友だちの娘さんたちは、青ひげが留守だと聞くと、われ先にと集まってきました。このりっぱな家がどんなにすばらしいか、見たくてたまらなかったからです。みんなは、居間、客間、大広間など、次々と見てまわりましたが、どの部屋もけんらん豪華なので、もうびっくりです。とくに、家具のいっぱいつまった大部屋には、目をみはりました。置物は、この家の中でも一番りっぱなものでしたし、壁かけも、ベッドも、長いすも、机やいすも、そして頭から足の爪さきまでうつる鏡がいくつもあるのに感心して、ため息をつくばかりでした。「まぁ、あなたは、なんてお幸せなのでしょう」だれもかれも、奥さんをうらやましがりました。
でも、奥さんは、どんなにほめられても、うれしい気持ちになれませんでした。それというのも、夫が出がけに厳しくいいつけていった、地下にある秘密の小部屋が、気になってしかたがなかったからです。いけないというものを、見たくなるのが人間のくせですから、そのうちがまんがしきれなくなってくると、お客さんをおきざりにして、こっそり、階段をおりていきました。いよいよ小部屋の戸の前に立つと、さすがに夫のきびしいいいつけを思い出して、しばらくためらいました。でも、さそいの手をはらいきることはできません。小さなカギを手にとって、ふるえながら戸をあけました。
中は暗くて、はじめはなんにも見えませんでした。そのうち、くらやみに目がなれてくると、おそろしいものがみえてきました。床には、いちめんに血がこびりついています。そして、壁には、なんにんもの女の人の死がいがぶらさがっているのです。奥さんは、あっといったきり、からだがすくんで動けなくなってしまいました。手にもっていたカギが、すべり落ちたのもわからなかいほどでした。しばらくしてわれにかえると、あわてて、カギを拾いあげて、戸をしめて、いそいで自分の部屋にかけもどりました。そして、けんめいに気持をおちつけようとしながら、ふと手にしているカギを見ると、血がついています。急いで、二三度、ふきとろうとしましたが、どうしても血がとれません。水につけて洗ってみても、みがき砂でごしごしこすってみても、とれないどころか、血のついたあとは、だんだん、こくなるばかりでした。このカギは魔法のカギのようでした。ところが、その日の夕方、青ひげが、とつぜん帰ってきたのです。奥さんは、ぎょっとしましたが、できるだけうれしそうな顔をして、夫をむかえました。
さて、その翌日のことです。青ひげは、さっそく、奥さんにあずけたカギを出すようにいいました。そういわれて、カギを渡しましたが、手はぶるぶるふるえていました。青ひげは、すぐ感ずいて「小部屋のカギがないね」「きっと、あちらの机の上におきわすれたのでしょう」「すぐ持ってくるんだ」と、青ひげはおこった声でいいました。奥さんは、あっちへいったり、こっちへいったり、ぐずぐずしていましたが、とうとう渡さずにはいられなくなりました。青ひげは、カギを受けとると、こわい目をして、じっとながめていましたが、「このカギには、どうして血がついているのだね?」といいました。
「わたし、なにも知りません」奥さんの顔は、まっ青になっていました。「知らないはずはないだろう。おれはよく知っているよ。小部屋の中に入ったね。よしよし、それでは、おまえも、あそこへ入れてやろう」「許してください。これからは、どんなことがあっても、あなたのいいつけを守ります」けれど、この青ひげの心は、冷えきっていました。「いや、あの部屋を見たからには、死ななくてはならない」「待ってください。せめてしばらく、最後のお祈りをさせてください」「わかった、それでは15分の半分だけ待ってやる。それ以上は、1秒もおくれてはならないぞ」と、青ひげはいいました。
ひとりになった奥さんは、いそいで窓をあけました。となりにある自分の家と、窓がむかいあっていました。「お姉さま、きょうはお兄さまたちがいらしてくれる日です。お願いですから、おうちの塔にあがって、まだおいでにならないか見てちょうだい。もし見えたら、大いそぎって、合図をしてちょうだい」姉さんは、塔へあがりました。すると、また、妹の声がします。「まだ、なにも見えませか?」「日が照って、草が青く光っているだけよ」妹は、なんどもたずねました。そのうち、15分の半分はすぎて、青ひげは剣をにぎったまま、「早くおりてこい」とさけびました。「おりてこないと、あがっていくぞ」「もうちょっとだけ待って」奥さんはそういうと、「お姉さま、まだなにも見えませんか」と、さけびました。「ああ、でも、大きな砂けむりがあがっているわ」「きっと、お兄さまたちでしょう」「おやちがってたわ、ひつじのむれだったわ」
「こら、なんでおりてこないか」青ひげは、いよいよ大声でさけびました。「今、すぐにまいります」そういって、姉さんによびかけます。「お姉さま、まだ、だあれもこなくって?」すると、姉さんは、やっとうれしそうにこたえました。「あっ、馬にのった人がふたりかけてくるわ。だけど、まだずいぶん遠いの。あっ、お兄さまたちよ、あたし、いっしょうけんめい合図するわ」
そのとき、青ひげは、家がふるえるほどおそろしい声でどなりました。とうとう奥さんは、階段をおりていきました。そして、青ひげの足にすがりついて泣きました。「そんな泣き声に、わしの心は動かされないぞ」お嫁さんのかみの毛をつかみながら、片手で、剣をふりあげて、首をはねようとしました。奥さんは、夫のほうをふりむくと「ほんのしばらく、身づくろいするあいだだけ待ってください」と、たのみました。「いや、ならぬ」といったその時です。トントントン、戸をたたく音がきこえました。さっと戸が押しあけられ、飛びこんできた二人の男がありました。青ひげはおもわず、ぎょっとして手をとめました。ふたりの兄さんでした。強そうな軍人でしたので、青ひげはあわてて逃げ出そうとしましたが、兄弟はうしろから追いついて、玄関までいかないうちに、青ひげをつき殺していました。
さて、青ひげには、あとつぎの子がありませんでしたから、財産はのこらず、奥さんのものになりました。奥さんはそれを、姉さんや兄さんにも分けて、しあわせにくらしたということです。
「4月16日にあった主なできごと」
1397年 金閣寺完成…室町幕府3代将軍の足利義満は、金閣寺の上棟式を行ないました。巨額の資金を投入した3層建で、下から寝殿づくり、武家づくり、仏殿づくりとなっています。1950年に放火による火事で全焼してしまい、1955年に再建されました。1994年、古都京都の文化財として世界遺産に登録されています。
1828年 ゴヤ死去…ベラスケスと並びスペイン最大の画家のひとりであるゴヤが亡くなりました。
1889年 チャプリン誕生…『黄金狂時代』『街の灯』『モダンタイムス』『独裁者』『ライムライト』など山高帽にチョビひげ、ダボダボずぼん、ドタ靴、ステッキといういでたちで、下積みの人たちの悲しみや社会悪を批判する自作自演の映画をたくさん制作したチャップリンが生まれました。
1972年 川端康成死去…「伊豆の踊り子」 「雪国」 など、生きることの悲しさや日本の美しさを香り高い文章で書きつづり、日本人初のノーベル文学賞を贈られた作家 川端康成が亡くなりました。