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力太郎

たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 80]

むかしあるところに、子どものいない、ものぐさなじいさまとばあさまが住んでいました。二人は、めんどうくさいので、お風呂にも入りません。そのため、いつもあかだらけでした。

ある日のこと、あんまりたいくつなので、あかをこすってみようということになりました。二人は、せっせと、きのこみたいについていた身体じゅうのあかをこすると、出るわ出るわ、わらわらとめくれて落ちてきました。そこで、山のようになったあかで、人形をこしらえてみようということになりました。「ばあさまや、なかなかかわいい子ができたな」「そうですね。この子が、本当の人間だったらいいのにねぇ」ばあさまがそういうと、あらあら不思議、「ほんぎゃあ、ほんぎゃあ……」人間の赤ん坊のように、大声で泣き出したのです。「ありがたい、ありがたい。これは、神さまが授けてくださった子だ」もう、二人は大喜びで、さっそくご飯をたきました。

このあかでできた人形は、よく食べる子で、あっというまにご飯をたいらげてしまったので、二人はこの子を「力太郎」と名づけました。力太郎は、食べた飯の量だけずんずん大きくなっていきます。うれしがって食べさせているうち、しまいには一度になん十杯ものご飯を食べるようになりました。「貧乏所帯に、これほど大飯を食われてはかなわんな」と、じいさまがこぼすと、「心配すんな、おらぁ、旅に出る。だから、百貫目(約375s)の鉄の棒をつくってくれ」と、はじめて口を聞きました。じいさまは、お金をかきあつめて鍛冶(かじ)屋へ飛んでいき、百貫の鉄の棒をこしらえてやると、何人かの村人にたのんで、えんやこらえんやこら引きずりながら家に帰りました。力太郎は鉄棒を見ると、よろこんでブンブン振り回しましたから、みんなはもう、びっくりぎょうてん。

力太郎が、ドシンドシンと鉄棒を突きながらて歩いてくると、赤い御堂(みどう)をかつぎながらやってくる大男に出あいました。「おいこら、はた迷惑なやつだ、道が通れないじゃないか」と、鉄棒でひょいと御堂をつくと、御堂はガラガラと崩れ落ちました。「やぁやぁ、おれをだれだと思う。天下一の力持ち、御堂っこ太郎というのは、おれのことだ。尋常(じんじょう)に勝負せよ」と、鉄棒に飛びついてきました。力太郎は、鉄棒をひょいと一振り空に打ちあげました。もうそろそろ、落ちてくるころだと、空をみあげていましたが、落ちてきません。すると、道ばたの松の木の上から、「助けてくれーっ」と、声がします。松の枝にひっかかって、ジタバタしている御堂っこ太郎でした。「くやしいけれど、おれの負けだ。おまえの家来になるから、許してくれ」と、御堂っこ太郎は、いさぎよく、降参しました。

こうして、二人の大男が街道をどんどんいき、峠のあたりにくると、岩を手のひらで砕いている大男に出あいました。ちょうど、岩のカケラが力太郎の目の前に飛んできたので、フーンと鼻息を吹きかけたところ、カケラは飛びもどって、大男の額にゴツンと当たりました。「だれだ、天下一の力持ち、石っこ太郎に、石をぶつけたのは」「わっはっはっは、それじゃ、おれと力比べをするか。この鉄棒を3回でも振り回せたら、おれの負けだ。出来なければ、おまえはおれの子分だ」石っこ太郎は、鼻で笑いながら鉄棒を手に取りました。でも、どんなに頑張っても持ち上げるだけで、回すことなど出来ません。そこで石っこ太郎も、力太郎の子分になりました。

三人の大男が、またどんどん行くと、ある町につきました。ところがその町は、しーんと静まりかえっています。そして、町いちばんの長者らしい家の前へ来ると、中から娘の泣き声がきこえてきました。力太郎がわけをたずねると、娘は泣きながら、「実はこの村には、ばけものがやって来て、毎晩娘をひとりずつさらっていくのです。そして、今夜は、わたしの番になりました」といいます。それを聞いて大男たちは、だまってみすごすなんてできません。ばけもの退治を買って出ると、たくさんのおにぎりを作らせて、それをパクパクと食べながら、ばけものが現れるのを待ちました。娘を唐びつへ入れ、力太郎が座敷の真ん中に腰かけ、御堂っこ太郎は庭に、石っこ太郎は台所へひかえました。

ま夜中になり、お寺の鐘がゴーンと鳴ると、それを合図に、うぉう、うぉうと、うなり声をあげながら、家よりも大きなばけものがあらわれました。まず、御堂っこ太郎が飛びだしてもみあいましたが、まもなくパクリと飲みこまれてしまいました。これを見た石っこ太郎がかかっていきましたが、ばけものにつまみあげられ、こちらもパクリ。

怒った力太郎は、鉄棒をブンブンと振り回しました。のみこまれたお腹の中では、御堂っこ太郎も石っこ太郎も大暴れです。やがて、力太郎がばけものの頭に鉄棒を振り下ろすと、さすがのばけものもたまらず、白目をむいてひっくり返りました。力太郎が、腹をドンドンと踏みつけると、ばけものの口から、御堂っこ太郎と石っこ太郎が飛び出してきました。

こうして、ばけものをやっつけた力太郎は娘を、御堂っこ太郎は2番目の娘を、石っこ太郎は3番目の娘を嫁にもらい、じいさまとばあさまを里から引き取って、一生楽しく暮らしましたとさ。


「4月11日にあった主なできごと」

1868年 江戸城開城…徳川15代将軍だった徳川慶喜が水戸へ退去し、江戸城が明治新政府の手にわたりました。前月行われた、旧幕府代表の勝海舟と、新政府代表西郷隆盛の会談できめられた、江戸城の無血開城が実現したものです。

1921年 メートル法の公布…欧米との交流がさかんになり、わが国でこれまで使われてきた尺貫法では不便なことが多く、メートル法の採用を決めました。しかし、なじんできた尺貫法も、業種によっては今も使用されています。

1951年 マッカーサー解任…太平洋戦争で降伏した日本は、連合国軍総司令部(GHQ)に占領され、アメリカのマッカーサー元帥が5年半近く総司令官として君臨してきました。この日、「老兵は死なず消え去るのみ」という名文句を残して解任されました。

投稿日:2013年04月11日(木) 05:04

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)