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乞食のくれた手ぬぐい

たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 73]

むかし、都のある町に、海産物の大問屋がありました。この店に、お梅という、山国育ちのとても働きもので気だてのよい若い娘が奉公していました。おしいことに器量のほうはよくないため、近所の若者たちから、山猿、山猿とからかわれていました。
 
ある日のことです。お梅が店先で掃除をしていますと、そこへひとりの乞食(こじき)がやってきて、「水を一ぱいもらえませんでしょうか」といいました。こころやさしいお梅は、「おやすいご用です」といって、その乞食にひしゃくに水を入れてあげて、飲ませようとしました。ところが、このようすを見ていた店のおかみさんは、「きたならしい乞食だね。とっとと失せとくれ」と、追い返してしまったのです。

それから、2、3日後の寒い朝のことです。お梅が水をくみに裏の井戸のところへくると、ボロをまとい、顔も体もきたなく汚れている男が 冷たい風から身を守るようにしゃがみこんでいました。よく見ると、このあいだの乞食です。「どうかしましたか?」とたずねると、「じつは腹がへって、ここんとこ何日も食べものにありつけないんです」といいます。お梅はすぐに「待っててください」というと、手に小さな包みを持ってもどってきました。「冷や飯だけど、腹の足しにはなるでしょう」と、男に包みを持たせました。男はびっくりしてものもいえずにいましたが、いきなり包みを開くと、あっというまに食べつくしました。お梅は、こんどは乞食を助けることができて、うれしく思ったのでした。

それから何日かたったころ、お梅は、あの男が、また井戸のそばにいるのを見つけました。「腹がすいてるの?」と聞くと、「あんたは、ほんとにいい人じゃな。だが、もうちょっと器量がよけりゃぁって、思ってないかな」それを聞いてお梅さんは、赤くなってうつむきましたが、すぐに顔をあげて、「あたしだって、もう少し器量がよかったら、きれいな着物をきてお店に出してもらえると思うもの。でも、ここで働かせてもらって、毎日飯が食えて、いろんなこと教えてもらって、ありがたいと思ってるんだ」「そりゃ、いい心がけだな」「そんなことより、おじさん、またお腹すいたら、ここにおいで」といって 店の中に入ろうとしました。

すると、男は「わしはちょっとばかり、あんたのために何かしたくなってきた。すまないが、桶に水をくんでくれないか」お梅は不思議そうに水をくむと、男はその水で顔を洗うようにいいました。顔を洗い終わると男は、腰に下げていた汚らしい手ぬぐいを差しだすと、「これで顔をお拭き」といいます。そして、これから7日間、朝晩、顔を洗うたびに、この手ぬぐいで顔を拭くようにいいました。「そうすりゃ、おまえさんにきっといいことがあるよ」というと、どこかへ行ってしまいました。

それから4、5日過ぎたころです。近所の若者たちのあいだで、「ぶきりょうな山猿娘」が、なにやら急にきれいになったといううわさが立ちはじめました。うわさを聞いた店のおかみさんが、お梅を見て、びっくりぎょうてん。「おまえ、なにかどこかで 新しいものでも使い始めたのかい?」とたずねました。お梅は、そういえばと、この間の乞食にもらった手ぬぐいの話をしました。するとおかみさんは、お梅からその手ぬぐいを取り上げると、さっさと自分のものにしてしまいました。そして、朝晩ばかりでなく、なんども顔を洗っては、あの手ぬぐいで顔を拭き続けたのです。

そのうち、「店の中に獣がいる」といううわさが立つようになりました。ときどき、台所や廊下や部屋に、獣の抜けた毛が落ちているのです。おまけに、おかみさんが見当たりません。そこで店の主人と番頭たちが 抜けた毛の跡をたどったところ、なんと、おかみさんの部屋へ続いています。主人たちはそっと、ふすまを開けて中を見たとたん、腰を抜かしてしまいました。部屋の中に、大きなキツネがおかみさんの着物を着て、汚い手ぬぐいで、いっしょうけんめい顔を拭いていたのです。

キツネ顔になったおかみさんが、たいそう悔やんでいることを聞いたお梅は、おかみさんの涙を、あの汚い手ぬぐいでぬぐってやりました。すると不思議ふしぎ、たちまち元の顔にもどり、夫妻を大喜びさせました。美しくなったお梅は、大店夫妻の養女に迎えられて、働き者のお婿さんをもらって店をきりもりし、都いちばんのお店に繁盛させました。


「2月20日にあった主なできごと」

1607年 歌舞伎踊り…出雲の阿国が江戸で歌舞伎踊りを披露、諸大名や庶民から大喝采をあびました。

1886年 石川啄木誕生…たくさんの短歌や詩、評論を残し、「永遠の青年詩人」といわれる石川啄木が生れました。

1928年 初の普通選挙…それまでの選挙権は、国税を3円以上おさめる成人男性に限定されていましたが、大正デモクラシーの勃興や護憲運動によって、納税額による制限選挙は撤廃され、25歳以上の成年男性による普通選挙が実現しました。

投稿日:2013年02月20日(水) 05:05

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)