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わらしべ長者

たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 60]

昔むかしあるところに、朝から晩まで働いても働いても、暮らしに困る若者がいました。ある日のこと、若者は、頼みごとをよく聞いてくれるという観音さまに助けてもらおうと、はるばるお参りにでかけました。いいかげんなお参りでは、望みはかなえてくれないと聞いていたので、まる十日間、いっしんにお祈りを続けました。すると、十日目に、お堂の奥からこんな声が聞こえました。

「おまえが貧しいのは、前世で悪いことをしたむくいだから、どうにもならない。だが、なかなか熱心にお参りしたから、ひとつだけいいことを教えてあげよう。おまえは、このお寺を出ると、転んで何かをつかむことになる。それが仏さまからの賜りものだと思って、大事にするがよい」

お告げの通り、男はお寺を出ようとしたとき、ものにつまずいてすってんころりん。そのとき、一本の麦わらをつかみました。何の役にもたたないと思いましたが、せっかくのお告げの麦わらなので、持って歩いていきました。そこへ、あぶが飛んできて、ブンブン顔のまわりを飛びまわるので、うるさくてしかたがありません。男はすばやくあぶをつかまえると、持っていた麦わらにあぶをくくりつけて、またとぼとぼと歩いていきました。

やがてある村はずれにやってくると、おばあさんの背中で赤ん坊が、ワーンワーンとはげしく泣いています。子どもが好きな男は、あやしてやろうと、[いないないバー] をしましたが、泣きやみません。しかたなく、麦わらにしばられてブンブン飛んでいるあぶを見せたところ、ピタリと泣きやみました。おまけに、うれしそうにケラケラ笑っています。それを見た男は、わらを赤ん坊にあげると、赤ん坊は大喜び。おばあさんは、お礼にと、ミカンを三つくれました。

ミカンを持って歩くうち、お腹がすいたので、木の下に座ってミカンを食べようとしました。とその時、すぐそばで話し声がきこえます。旅のとちゅうの娘とお付きの老人の二人連れで、娘が苦しそうにお腹をおさえ、しきりに水を欲しがっています。男は手にしていたミカンをさしだしました。娘はおじいさんにミカンの皮をむいてもらい、一つ二つ三つと食べるうち、たちまち元気になりました。おじいさんと娘は、ミカンのお礼にと、男に上等な絹の反物をくれました。

絹の反物を持って、男が歩いて行くと、突然、ひとりの侍に呼びとめられました。侍のうしろに、馬が1頭倒れています。「こいつは、ちょっと横になっとるが、なかなかいい馬じゃ。わしは今急ぐから、そのきれいな反物ととりかえてあげよう」というが早いか、反物を奪うように行ってしまいました。やさしい男は、夜通し馬の面倒を見てやると、馬は、朝がたには元気になっていました。馬を連れて、男はさらに歩いて行きました。

城下町にやってくると、ある長者さんが、男の連れている馬を見てたいそう気に入りました。男は長者さんの家に招かれました。娘さんが、長者さんと男に、お茶を持ってきたところ……なんと前日、男がミカンをあげた娘でした。長者さんは、不思議な縁と男のやさしさに心打たれ、娘を男に嫁がせることにしたのです。やがて男は、観音さまにいわれたとおり、麦わら一本がきっかけとなって長者になりました。男は、生涯、麦わら一本も粗末にすることなくよく働き、村人たちは男を「わらしべ長者」と呼んで、尊敬したということです。


「11月1日にあった主なできごと」

643年 蘇我入鹿 山背大兄王を襲う…蘇我入鹿は、聖徳太子の子山背大兄王(やましろのおうえのおう)を襲って自害に追い込み、強大な権力をにぎりました。

1847年 中江兆民誕生…フランス革命の精神的導きをしたことで名高いルソーらに学び、自由民権思想を広めた明治期の思想家 中江兆民が生まれました。

1974年 アメダス運用開始…全国約1300か所に無人自動観測所をおいて雨量を観測するシステム(アメダス)の運用を開始しました。これにより、集中豪雨などの異常気象の監視や、気象予報技術が向上しました。

投稿日:2012年11月01日(木) 05:41

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)