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うかれバイオリン

たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 45]

むかし、ある農家で働いている若者がいました。若者はとても正義感の強い働き者で、つらい仕事でもいやな顔ひとつせずに、3年がすぎました。ところが主人はとてもけちな人で、若者に給料をはらいませんでした。そんなある日、若者は 「だんなさま、3年も働いたのですから、少しは給料をくれませんか」 と、思いきっていいました。すると主人は 「わかった。わしは前からたっぷりやりたいと思っていたところだ。さぁ、手をお出し。1年に銅貨を1枚、全部で3枚。大ふんぱつだ」

若者はこれまで、お金をもらったことがなかったので、よろこんで農家をあとにしました。(これだけあれば、あちこち旅ができるぞ) いい気持ちになって歩いていきますと、「えらくごきげんだね」 と、どこからか声がします。すると道ばたから、貧しそうな小人のおじいさんが出てきました。「わしはごらんの通りの年寄りだ。おまけに、お金もぜんぜんない」。気の毒に思った若者は、わたしは元気でまだ若いからと、主人からもらった銅貨を3枚とも、おじいさんにあげてしまいました。

「これはありがたい、その暖かいお気持ちのお礼に、何かさしあげましょう。なんでも結構です、ほしいものを1ついってください」 「一番ほしいもの? そうだな、わたしは歌が大好きだから、バイオリンがほしい。ちょいと弾けば、みんながうかれて踊りだすようなのがいいなぁ」 「よろしい。ではこれを持っていきなされ」。何と不思議、小人のおじいさんは、バイオリンを手にしていました。「ありがとう、ありがとう」 若者は何度もお礼をいうと、バイオリンをひきながら、旅をつづけました。

やがて、遠くに森が見えてきました。(そうだ、あの森で思いきりバイオリン弾いてみよう) と、急いで森に入ると、森の中からコーン、コーンという音が聞えてきます。一人のきこりが、大きな木を切りたおしているところでした。「おいおい、そこの若い衆、ぶらぶらしてるなら、わしの手伝いをしてくれないか。この木を切り倒してくれたら、銀貨を一枚あげるよ」 と、若者によびかけました。銅貨10枚分の価値がある銀貨なら手伝おうと、若者はオノをにぎって力いっぱいたたきはじめると、たちまちズシーンと木は倒れました。ところが、きこりは 「なんだ、そんなに簡単に切り倒せるんだったら、銅貨1枚でいいだろ」 といいました。若者は、それでは約束がちがうと、いきなりバイオリンを弾きはじめました。

すると、きこりは踊りだしたのです。「こりゃ、どうしたんだ、おれは踊りたくなんかないぞ」 きこりは、わめきましたが、そのうち息苦しくなって 「た、た、助けてくれ、目が回るーっ、約束の銀貨はやるからぁー」。こうしてきこりは、銀貨を若者に渡しました。口笛をふきながら、バイオリンをかかえて歩いていく若者を見ると、きこりは腹がたってきました。そして、近道を通って、町のお役所へ訴えでたのです。

「お役人さま、悪い男がこの町へやってきます。この年寄りから銀貨をだましとりました。ほら、口笛をふきながらやってくるバイオリンをかかえたあの男です。どうかつかまえてください」 「おう、さようか。ものども、あの男をひっとらえろ」 と、役人は下役に命じて、若者をつかまえさせました。「何をするのです、私は何も悪いことはしていません、人ちがいでしょ」 「この通りのうそつきです。その証拠にポケット調べてください。私から奪った銀貨が入っています」 役人が調べてみると、たしかに銀貨が出てきました。「なるほど、年寄りをだますとは悪いやつだ。悪者は死刑だ」 役人はこういうと、町の広場へ若者を引っぱっていって、死刑台の上に連れて行きました。これを見た町の人たちは、見物をしようと黒山のように広場へ集まってきました。

若者は、役人に頼みました。「お役人さま、死ぬ前に、この世の思い出に一度だけバイオリンを弾かせてくれませんでしょうか」 「そんなことか、よろしい、許してやろう」。これを聞いたきこりは、「だめ、だめです、大変なことがおきます」 といいましたが、もう遅すぎました。若者はバイオリンを弾きはじめましたからね。

バイオリンの音色を聞いたとたん、役人もきこりも、町の人たちみんなが、踊りだしました。年寄りも、男も女も、子どもも、犬もねこも、みんなが飛びはねだしたのです。はじめのうちは、みんなは面白がっていましたが、そのうちバイオリンの調子が早くなってきました。みんなはくるくる回りはじめました。やめようとしてもやめられません。「おーい、バイオリンをやめてくれ」 みんなは、どなるやら、泣くやら、悲鳴をあげるやら……。

バイオリンを弾きながら若者はいいました。「悪者でない者を悪者だと訴えたやつも、死刑だと命じたやつも、見物をしようとしたやつも、いつまでも踊っていろ!」。これを聞くと、きこりがいいました。「許してください。私がうそをつきました」。役人もいいました 「よく調べもせずに、あなたを死刑にするといって申しわけありません。これからは、しっかり裁判をします」。町の人たちも 「おもしろがって見物しようとしたのは間違いでした」。そこで若者は 「よろしい。それではこれでやめよう。でも、約束をやぶったりしたら、また踊らせますからね」 といって、踊りつかれて腰をぬかしている人たちの間をゆっくり歩き、口笛を吹きながら、旅をつづけていきました。

投稿日:2008年06月17日(火) 08:23

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)