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ナシ売りと老人

たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 42]

むかしある町の道ばたで、ひとりの男が、荷車にナシを山盛りにして売っていました。みんなが集まってきて、5、6個売れたころへ、そまつななりをしたひとりの老人がやってきました。そして、ナシ売りの前に立っていいました。「のどがかわいて困っています。どうか、ナシをひとつめぐんではくれませんでしょうか」

「ばかなことをいうんじゃないよ。これは売りものだ」 「あなたの車には、山ほどナシがあるじゃないですか。ひとつくらいくれても損にはならないでしょ」 「だめだ、だめ! あっちへいっちまいな」 ナシ売りはこういって、老人を追いはらいました。

これを見ていた人たちは、老人のしょんぼりした様子に同情して、小銭を出しあってナシをひとつ買い、老人にあげました。「どうもありがとうございます」 老人はていねいにみんなにお礼をいうと、おいしそうにナシを食べはじめました。そして、芯の中にあるナシの種を取り出すと、そばの土に穴を掘ってうめました。

「さあ、みなさん。この種に水をまいてくれませんかな」。物ずきな人が、どこからかつぼを持ってきて、つぼの水をかけると、老人は何かおまじないをとなえました。すると、驚いたことに、みんなが見ている前で、地面からすくすくと芽が出てきました。そのうちどんどん大きくなり、たちまちみごとなナシの木になりました。そして、枝につぼみが出たと思ったら、真っ白な花がいっぱい咲きました。「ほーっ、不思議だ、はなさかじいさんだ」 と、みんなは目をまん丸くしました。もっと驚いたのは、花がちってしまうと、そのあとにおいしそうなナシの実がたくさんなったのです。

老人はのっそり立ち上がると、「さあみなさん、先ほどのお礼です。どうぞ、好きなだけ召しあがってください」 老人は、枝にたわわになっているナシの実をもぎとると、見物人に配りました。「ほう、これはうまい」 「こんなおいしいナシは、はじめてだ」 みんな大喜びです。ナシの実がなくなると、老人はナシの木を引きぬき、それを肩にかついでいってしまいました。

ナシ売りは、見物人にまじってこの一部始終を、口をあんぐり見ていましたが、はっと気がついて、道ばたにおいた荷車のところに戻りました。見ると、山盛りいっぱいつんであったナシがひとつもないのです。「ややや…。あのじいさんが、手当たりしだいもいでいたナシは、おれのナシだったんだ。それにかじ棒までなくなっている」

かっとなったナシ売りは、いそいで老人のあとをおいかけました。角をまがったところに、かじ棒が落ちています。「うーん、やられた。あのナシの木とみえたのは、おれのかじ棒だったんだ」 ナシ売りはくやしくてくやしくて、地だんだふみました。でも、いくら探しても老人の姿はどこにも見あたりませんでした。

投稿日:2008年05月13日(火) 12:19

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)