たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 19]
むかし、あるところに、一人の金持ちの農夫がすんでいました。何不自由なく暮らしていましたが、まだ奥さんがありません。そこで、友だちにすすめられるままに、ある貧しい騎士の美しい娘を、奥さんにもらいました。
ところが、農夫はまもなく心配しだしました。(騎士の娘が農夫の女房になりきれるかな。おれが畑に出ている間に、だれかが言いよるかもしれない。そうだ、朝起きたら、あれを思いきりぶったたいてやろう。そうすりゃ、一日中泣いているだろうから、まさか泣いてる女を誘惑する者もあるまい。夕方帰ってから、あやまればいい)と、思いつきました。
翌日、朝ごはんがすむと、農夫は奥さんを思い切りなぐり、さっと畑に飛び出していきました。奥さんは一日中涙にくれ、訪ねてきた人も、これを見るとすぐに引き返していきました。夕方、農夫は奥さんの前にひざまずいて、心からわびました。
こんな日が続いていたある日、奥さんが嘆き悲しんでいるところへ、王様の家来が、白馬にまたがってやってきました。
「私たちは王様のいいつけで、名医をさがしているのです。じつは、お姫様ののどに魚の骨がつきささって、もう1週間にもなるのです」
これを聞いた奥さんは、主人に仕返しをするいいチャンスだと思いました。
「それは、よいところへおいでくださりました。私の主人は農夫ではありますが、医者としてもよい腕を持っています。でも、主人はちょっと変わっていまして、こん棒でぶたれないと、病人をみようとしませんの」
王様の家来は、これを聞くと大喜びで、農夫を王様の前へ連れてきました。
「先生、あなたの腕で、姫の病気をぜひ治してやってください」 と、王様の合図で、こん棒の嵐が農夫にそそがれました。
「なおします、なおします、お姫様のご病気を…。どうか王様、ストーブの火をどんどんたいて、しばらくの間、私とお姫様の二人きりにさせてください」 王様は、農夫の言うとおりにしました。
農夫はお姫様をストーブのそばのイスに座らせると、自分は床にすわりこんで、着物をぬぎました。そして、長いつめで体じゅうをひっかきまわし、腕を振りまわしては、ヘンテコリンな顔をしてみせました。そのようすがあんまりおかしかったので、お姫様は思わずふきだしてしまいました。その拍子に、のどに引っかかっていた魚の骨も飛び出しました。
王様は、お姫様の病気が治ったお祝いに、大きな宴会を催しました。その宴会には、国じゅうの病人という病人が集まりました。みんな、口々に悪いところを訴えました。王様は、家へ帰ろうとする農夫を呼びとめると、こう申しわたしました。
「この病人たちもすぐになおしてやってくれ」「こんなに大勢では、とても一度には……」 といったとたん、こん棒をもった家来がやってきます。農夫はふるえあがって 「すぐ、すぐになおしま〜す」
農夫は、またも広間のストーブをかんかんにたいてもらいました。そして、病人たちにこういいました。
「お前たちを一度に治すのは大変なことだ。そこで、おまえたちのうちで一番の重病人をこのストーブで焼いて灰にする。その灰を飲めば、ほかの病人はたちどころに治るというわけじゃ。だから、だれかひとり犠牲になってもらわねばならん」
病人たちは、おたがいに顔を見まわせて、しりごみするばかりです。そこで農夫は、近くにいた一人に言いました。
「おまえが一番の重病人らしいな」 「いえいえ、私の病気はすっかりよくなりました。この通り、ぴんぴんしています」 というが早いか、広間から飛び出していきました。
そうです。誰ひとりとしてストーブに投げこまれようという病人はいません。みんな、治ったような顔をして逃げ帰っていきました。
王様はすっかり喜んで、農夫にほうびのお金をたくさんあげました。大金持ちになった農夫は、畑へ出かける必要がなくなりました。そのため、奥さんをなぐるどころか、とても大切にしたということです。