私の好きな名画・気になる名画 7
ミレーの「晩鐘」は、レオナルド・ダ・ビンチの「モナリザ」と並んで、日本人に最も親しまれている絵といってよいかも知れません。その日の畑仕事を終えた農夫とその妻が、夕暮れの野に立って、神に祈りを捧げる敬虔な姿に、多くの人が感銘するためでしょう。
ミレーは子どもの頃のことを考えながら、この絵を描いたそうです。夕方、村に教会の鐘が鳴り響くと、祖母は仕事の手をやすめ、少年ミレーに脱帽させて「哀れむべき死者たちのために……」という祈りの言葉をいわせました。以来ミレーには、この夕暮れの時間が一番好きな時間となりました。それは働く人々だけにに与えられた「休息と静寂」の訪れの時だったからにちがいありません。
作家のロマン・ロランは「この絵には音楽的な魅力がある。ミレーは、田舎の夕暮れの音である遠い鐘の声を、この絵の中で聞かせようとした。人間が大地との闘争を終え、平和となったときの淋しいたそがれ時の広野、素朴で孤独な祈祷者の厳粛さを表現している」と記しています。
この絵を描いた1850年代後半、ミレー40歳の頃の暮らしは、とても逼迫していたようです。妻と7人の子どもをかかえ、その日の食べ物にも困るような悲惨な状態でした。しかし、どんなに苦しくとも、心から描きたい農民画に専心する姿勢を変えませんでした。というのも、若い頃パリで描いた作品の多くが裸体画だったため「裸体以外に描く才能のない画家」という評価に嫌気がさし、バルビゾン村に居を移して「貧しく苦しくとも、自然を愛し、信心ぶかく生きていく農民のすがたを描くことが、自身の使命なのだ」と、心に誓ったからです。
貧しさばかりでなく、ときにはすっかり自信を失って自殺を考えたこともありました。でも、心の強い妻や、思いやりのある友だちにはげまされながら、野や畑にでて絵を描きつづけ、やがて現在、山梨県立美術館が所有している「種まく人」や「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」などの作品(7月13日ブログ参照)を、つぎつぎに発表していきました。
農民たちの心を深くみつめた名画のかずかずは、ミレーの死後、世界の人びとにますます愛されるようになり、フランスの首都パリの「オルセー美術館」 に飾られた「晩鐘」や、同時期に描かれた「落穂ひろい」の前には、これらの名画をたたえる人が、いつもたえることがありません。
なお、今日10月4日は、ミレーが1814年に誕生した日です。