私の好きな名画・気になる名画 8
名画には、「聖書」 をテーマにしたものがたくさんありますが、このブリューゲルの「バベルの塔」も、旧約聖書の創世記第11章に出てくるお話の場面を描いた作品です。聖書の記述のおよその内容は、次の通りです。
大洪水から、ノアの箱舟で生き延びたノアの子孫たちは、ユーフラテス河のほとりにあるシンアル平野に住んでいました。とても肥沃な土地なので「ここに立派な町を作り、高い塔を建てて、その頂を天まで届くほどにさせよう。そして、みんなで仲良くここで暮らすことにしよう」と考えました。ある者はレンガを焼き、ある者はそれを積み上げ、ある者はしっくいで固めて、だんだん高い塔ができていきます。これを見た神は、これではいけない、人間は世界中に散ってそこで暮らさなくてはならないと、ある日突然、彼らの使っている言葉を混乱させて、お互いに話が通じないようにしてしまいました。こうなっては、塔を建設する仕事を続けることはできません。人々はあきらめて、世界中に散っていきました。というわけで、この塔は「バベル(混乱という意味)の塔」と呼ばれるようになりました。
古くから、さまざまな画家がこの「バベルの塔」をテーマに描いてきました。しかし、ブリューゲルのこの絵ほど、克明に、そして見事に、建設中のバベルの塔を描いた画家はいません。天にもとどくほどの高い塔を建設しようとする人間の傲慢な態度、不可能な計画を敢行しようとする愚行(不安定な基礎、らせん状に昇る途中の通路が岩石に阻まれているなど)をしっかり描きこんでいます。絵の左下に長い衣を着て立っているのは、ノアの息子ハムの孫で、バビロンの都の支配者のニムロデ王です。石工の作業を視察しているところで、作業が遅いことをいさめているのでしょうか。工事をする人たちがひれふしています。この絵を詳細に見ていくと、まことにたくさんの人たちが働き、いろいろな建築材料がおかれているのがわかります。ブリューゲルは、クレーンをはじめ、石のアーチを作るのに木材で仮設の枠をこしらえる工法など、この絵が描かれた16世紀半ばの建築技術をとり入れ、イタリア旅行で実際に見たローマのコロセウムをヒントにしたといいます。
ところで、国民的人気映画シリーズ「男はつらいよ」にこの絵が登場するのをご存知でしょうか。第41作目「男はつらいよ・心の旅路」で、渥美清演ずる車寅次郎(トラさん)が、はじめての海外旅行にでかけたオーストリアの首都ウィーン。ウィーンの観光の目玉に「ウィーン美術史美術館」の紹介があり、シュトラウスのウインナーワルツをバックにこの絵が大写しになります。おそらく、オーストリアにとっても、この絵は国宝的存在なのに違いありません。