たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 15]
いまから200年くらいまえ、越後の国(新潟県) に、良寛という心のやさしいお坊さんがいました。
良寛さんは、山の中ほどの、ひと間きりの小さな家に、ひとりですんでいました。そして、昼のあいだは山をおりて、お経をとなえながら村の家いえをまわり、夜は、風の音や虫の声を聞きながら、本を読んだり、歌をつくったりしていました。
まん丸い月が山の上にぽっかり浮かんだ、静かな夜のことです。たった1枚のふとんを、すっぽりかぶってやすんでいた良寛さんは、へんな物音に目をさましました。ふとんから、そっと頭をだして音のするほうを見ると、ほおかぶりをした、へんな男がいます。どろぼうです。音がしなくなったと思うと、どうほうは、うでぐみをしたまま、へやのすみに、じっと立っています。
「せっかくどうぼうに入ったのに、取っていくものが何もなくてこまっとるわい」
良寛さんは、くすくすっと笑いだしたくなったのを、いっしょうけんめいこらえました。やがて、どろほうは、すっかりあきらめたのか、しのび足で、月の光のさしこむ戸ロのほうへでていきました。ところが、戸口まで行ったどろぼうは、ちょっと考えてから、もう一度へやの中へもどってきました。そして、そっと、ふとんに手をかけました。良寛さんがかぶっているふとんを取っていこうというのです。
「おやおや、このふとんがほしいらしい。家にはふとんもないのじゃろう。小さな子どももいるのかもしれん。よしよし、それでは眠ったふりをしておいてやろうか……」
良寛さんは、うすく目をあけたまま、わざとのどの奥をならして、いびきのまねをしてやりました。どろぼうは、良寛さんの足のほうから、ふとんをひっぱりはじめました。少しひっぱってはやめ、また少しひっぱってはやめ、良寛さんのいびきをたしかめながら、そっと、ひっぱっています。
「ひっぱらずに、はがせば早いのに……。まあいいわい、好きなようにさせてやろう」
良寛さんは、ふとんが、するする、するするとずりおちていくのを、心のなかで 「ほれ、もう少し、ほれ、もう少し」 と言いながらまちました。良寛さんのからだが、すっかり現われると、どうほうは、たぐりよせたふとんをかかえて、戸口のほうへいきました。そして、戸□のところで、なにもかけずにねている良寛さんをふりむき、あとは、月の光のなかへ、かけだしていきました。
「やれやれ、かわいそうな、どうぼうじゃった。はようかえって、ねなされや」
月の光が山にいっぱいです。良寛さんの小さな家にもいっぱいです。良寛さんは、心のなかで 「でも、あの美しい月を取られなくてよかったわい」 とつぶやきながら、両手で顔をつるりとなでて戸をかたりとしめました。