たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 14]
あるところに、まずしい男がいました。男は町まで花を売りにきて、花が売れのこったときはいつも、「乙姫さまにさしあげます」と、川へ花を投げこみながら言いました。
ある日のこと。花を売ってもどってくると、大水で川を渡れません。困っていると、川の中から大きなカメが現れて、背に乗れ、乗れというしぐさをしました。男は、きっと川の向こう岸までつれて行ってくれるのだと思って、大ガメの背に乗りました。ところが、カメが男をつれて行ったのは、乙姫さまの御殿でした。いつも美しい花をくれるので、乙姫さまが、お礼をくれるというのです。
「おまえに一人の男の子をさずける。この子は、鼻はでているし、よだれはたれている。だが、だいじにすれば、おまえの望みはどんなことでもかなえてくれる。いつまでも、かわいがるがいい」 こう言って乙姫さまがくれたのは、「とほう」 という名の男の子でした。
男は、とほうと大ガメの背に乗って、家へ帰ってきました。そしてさっそく、とほうに、たのみました。「おまえが来たので家がせまい、もっと大きな家にしてくれないか」 。とほうは、目をつぶって手を三つたたきました。すると、家は、あっというまに新しい大きな家にかわりました。
男は、また、とほうにたのみました。「新しい敷物がなくてはおかしい。それに、新しい着物も……」 。とほうは、また目をつぶって、手を三つたたきました。どこの部屋にも敷物がしかれ、かごの中は、今まで着たこともないような着物でいっぱいでした。
男は、また、とほうにたのみました。「おれは、お金がない。お金を千両ほどだしてくれないか」 。とほうは、また目をつぶって、手を三つたたきました。すると、千両箱が一つでてきました。男は金貸しになって、村いちばんの大金持ちになりました。
なん年かたつうちに、男は、村じゅうの人から、だんな、だんなと呼ばれるようになりました。そして、毎日のように、あっちの家からも、こっちの家からも招かれるようになりました。ところが、こうなってみると、一つだけ困ったことがありました。とほうが、鼻もよだれもたらしたまま、どこへ行くにもついてくるのです。わからないように逃げだしたと思っても、いつのまにかついてきているのです。
男は、とほうに言いました。「その鼻をかんだらどうだ」 「ときには、よだれをふいたらどうだ」 「きたない着物も着がえたらどうだ」 。でも、とほうは、鼻もよだれもたらしたまま言いました。「この鼻はかめません。よだれはふけません。着物をとりかえることはできません」 男は、なにかうまいものでも食べさせれば、とほうの気も変わると思って、「好きなものはなんだ」 とたずねました。でも、とほうは鼻もよだれもたらしたまま首を横にふるばかりです。
男は、やれやれという顔をして言いました。「おまえには、たいそう世話になったが、もう、ひまをやるから、乙姫さまのところへ帰ってくれないか」 すると、とほうは悲しそうに男を見て、家を出ていきました。ところがその瞬間、家も着ているものも、むかしのままにもどってしまいました。村の人は、もうだれ一人、だんななどとは呼んでくれませんでした。
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「とほうに暮れる」っていう言葉を知っているかな。どうしていいかわからない、こまってしまったなぁ、という時に使います。どうしてこういうようになったかというお話でした。