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「うわはめ」 と 「たのきゅー」

たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 12]

むかしあるところに、「たのきゅー」 という、へんな名前の男がいました。いつも、村から町へまわってあるく芝居の役者です。あるとき、遠くの町へ手紙がきました。母が病気だというのです。たのきゅーは、すぐ、家へかえることにしました。

ところが、山のふもとで日がくれてしまいました。昼でも、こわいような山です。そのうえ、山のふもとの店のばあさんが言います。
「夜中に、この山を登っていったら、大きな、うわはめ(へび)が、人間にぱけてでてくる。うわはめに食べられたくなかったら、今日は、やめなされ」  たのきゅーは、こわくなりました。でも、すこしでも早くかえらないと、母が死んでしまうかもしれません。

たのきゅーは、まっしぐらに、暗い道を登っていきました。そして、峠までくると、道ばたでひとやすみしました。するとそこへ、どこからともなく、一人のおじいさんがあらわれました。顔じゅう白いひげだらけで、目だけ光っています。やがて、おじいさんが言いました。「いったい、おまえは、何というもんじゃ」 「わしは、たのきゅーと、いうもんじゃ」 「なになに、たぬきじゃと。ははーん、たぬきが、人間に化けておるのか。よし、たぬきなら、ほかの何かに、化けてみせてくれ。おれも本当は、うわはめで、人間に化けておる」 じいさんは、たのきゅーを、たぬきと、聞きまちがえたのです。

たのきゅーは、うわはめと聞いて、おそろしくてしかたがありません。でも何かに化けないと、食べられしまいます。そこで、芝居のときに使う女のかつらを、ひょいと、かぶってみせました。うわはめは、感心しました。そして、いろいろ話をしているうちに、たのきゅーに 「おまえの、きらいなものは何じゃ」 と言いました。たのきゅーは 「わしのきらいなものは、お金じゃ。では、おまえの、きらいなものは……」 と、反対にたずねました。すると、うわはめは 「わしのきらいなものは、柿しぶじゃ。柿のしぷが体についたら、動けないようになってしまう。だがおまえは、たぬきだから助けてやるが、このことは、人間に言ってはならぬぞ、よいな」 と言うと、どこかへ消えてしまいました。

たのきゅーは、ほっとして、山をかけおりました。そして、村の人に、うわはめの言ったことを話すと、喜んだ村人たちは、柿のしぷをたくさん集めて、うわはめ退治に、山へ登って行きました。
さあ、おこったのは、うわはめです。「あの、たぬきのやつめ、しゃべったな。よーし、しかえしをしてやる」
うわはめは、じいさんに化けると、たのきゅーの家をさがして、さがして、さがしあてました。ところが戸が閉まっています。
そこで、屋根にのぼると、煙をだす穴から、大きな声で 「このあいだの、しかえしじゃー、そーれ、それ、そーれ、それ」 と言いながら、きらきら光るものを、家のなかへ、なげこみました。きらきら光るものは、お金です。

たのきゅーは、おかげで、すっかり金持ちになりました。そして、芝居もやめて、病気がよくなった母と、しあわせにくらしました。

投稿日:2007年09月04日(火) 09:48

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)