たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 6]
むかし、ある山のふもとで、トラが穴に落ちていました。いくらもがいても穴から出られません。そこへ一人のお坊さんが通りかかりました。トラは、悲しそうな声を出して、「お願いです。どうか、助けてください」 と、たのみました。
かわいそうに思ったお坊さんは、トラを引き上げてやりました。
ところがどうでしょう。トラは穴から出たとたんに、目を怒らせて 「おい、坊主。おまえを食ってやる」 と、いうではありませんか。
お坊さんはビックリして、「待ってくれ、助けてやったのに、食べるとはひどいじゃないか」
でも、トラは 「トラなんかを、助けたお前が悪い」 と言うばかりです。
お坊さんは考えました。「それじゃ、悪いのは私かお前か、ボダイジュの木に聞いてみよう。
ところが ボダイジュは言いいました。
「人間は、私たちの仲間の木を、たくさん切っている。トラさん、坊さん一人くらい食ったって、かまやしないよ」
あわてたお坊さんは、「もう一度待ってくれ、クマにもきいてみよう」 といいいました。
通りかかったクマがいうことは、「人間は、おれたちの仲間をたくさん殺している。トラさん、人間一人くらい食ったって、かまわないよ」
これを聞いたトラは 「ほら、やっぱりな」 と、大きな口を開けて、お坊さんを食べようとしました。
お坊さんはこまりました。でもやっぱり食べられるのはいやです。
「もう1度待ってくれ。むこうから来るキツネに聞いてみるから」 と言いました。
ところが、キツネは頭をひねるばかりで、ブツブツ言いはじめました。
「何なに? 穴がトラの中へ落ちて、そこへ坊さんが通りかかったんだね。何、違う? それじゃ、トラが坊さんの中へ落ちて、そこへ穴が通りかかったのかな。あーあ、サッパリわからん」
さあ、これを聞いていて、イライラしはじめたのはトラです。
「こらこら、うすのろギツネ、今おれが、はじめからやってみせるからよく見てろ。はじめは、おれがこうして穴へ落ちたんだ。
トラは、大声でこう言うと、もういちど穴へとびこみました。そして 坊さんにむかって 「おい坊主、さっきのようにオレを引き上げろ。そうすりゃ、うすのろギツネだって、話がわかるだろう」 と言いました。
でもキツネは、うすのろといわれたのを怒りもしないで、お坊さんに言いました。
「お坊さん、どうしますか。もう一度、助けてやりますか」
お坊さんは答えました。「恩知らずなトラなんて、もう引き上げてやるものか」
やがて、お坊さんとキツネが遠くへ行ってしまうと、穴の中からトラのほえる声が聞こえるばかりでした。