● 自分はしかられても立たされている子に同情
賢治が小学生のときのこと。ある日、いたずらをした生徒が、水をいっぱい入れた茶わんを手にもたされて、廊下に立たされていました。すると、ちょうど、そこを通りかかった賢治は、その生徒の前に行くと、茶わんの水を、すっかり飲んでやりました。こんなことをすれば、こんどは自分がしかられるとわかっていても、立たされている生徒が、かわいそうでならなかったからです。
賢治は、仏教を深く信仰していた父のえいきょうで、3歳のころから、意味もわからずにお経を口ずさみながら育ちました。また、たいへん慈悲ぶかかった母から、しぜんに、心のやさしさをおそわりながら、少年時代をすごしました。そして、小学校3年のころからは、クラス担任の先生が、ひまを見つけてはグリムやアンデルセンの童話を読んでくれたおかげで、童話にしたしみながら成長していき、こんなことがかさなって、自分よりも人のことを思いやる美しい心を大切にするようになっていったのです。
5年生のとき、父に 「きみは、おおきくなったら、なんになる」 と聞かれると、賢治は 「とくに、えらくならなくてもいい」 と答えたということです。えらくなるよりも、心の美しい人になろうと考えていたのでしょう。やがて賢治は、植物や鉱物を採集しながら野山を歩きまわるようになり、農民たちを心から愛しながら、詩人への道、児童文学者への道を進んでいきました。
宮沢賢治(1896〜1933)──農民たちのしあわせを願って、やさしく清らかに生き、多くの名作を残した詩人・児童文学者。
詳しくは、いずみ書房のホームページにあるオンラインブック「せかい伝記図書館」をご覧ください。近日中にアップする予定ですので、ご期待ください。