● 神様のばちがあたるか試してみる
諭吉が12、3歳のころのことです。ある日、近くのお稲荷さんに行った諭吉は、こっそり御神体の入った箱をあけました。その箱に入っていたのはただの木の札でした。諭吉は札を取り出して、かわりに道ばたから拾ってきた石を入れました。やがていく日かして、このお稲荷さんのお祭がはじまり、町の人たちはお稲荷さんにおみきを上げておがみました。これを見て、ひとりでおもしろがったのは諭吉です。「バカめ、おれの入れておいた石におみきを上げておがんでいる」──諭吉は、神様のばちがあたるかどうか、ためしてみたかったのです。
諭吉は、小さいときから 「これは、ほんとうだろうか」 と、自分の頭で、ものごとを考える習慣を身につけて育ちました。身分の差についてもそうです。
諭吉は、身分の低い武士の子でしたが、学問や腕力は、誰にも負けないと思っていました。しかし、どんなに自分のほうがすぐれていると自信があっても、身分の高い武士の子には、頭をさげたりていねいな言葉を使ったりしなければなりません。諭吉には、これがどうしてもがまんできませんでした。そこで、18歳の年に 「バカバカしい、こんなところに誰がいるものか」 と故郷の中津をとびだし、蘭学を学ぶために長崎へ行き、自分の道を進みはじめました。
諭吉の 「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」 (学問のすすめ) という考えは、こうしてきずかれていったのです。
福沢諭吉(1835〜1901)──子どものころから人間の自由と平等を考えつづけた明治の思想家。
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