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「孔子」 のこども時代

● 誰からでも学べる、まわりの人はみな先生

孔子は、小さいときに父を亡くしましたが、その父は、戦争で手がらをたてて貴族となった、勇かんな武士でした。
しかし、孔子は、父のあとをついで武士になる気持ちは全くなく、少年のころから、自分は学問の道へ進むことを心にきめていました。13歳のころから学校へ行きはじめました。いまからおよそ2500年も前のことですから、学校といっても、村の年よりたちから、村に伝わっている古い話や、人間として守らなければいけないことなどを聞くだけの、ほんとうにそまつな学校でした。
でも、こんな学校で学んだことは、孔子には、かえってしあわせなことでした。年よりから話を聞くほかは、どんなことも自分の力で学んでいくことのたいせつさを、教えられたからです。
孔子は、村の人たちが 「しつこく聞かれるのには、まったくかなわないよ」 と逃げだしてしまうほど、だれにでも、いろんなことを聞きました。孔子にとっては、どんな人からでも、なにかを学ぶことができ、自分のまわりの人たちみんなが、先生だったからです。
記憶しておく知識よりも、どうしたら人間としてりっぱに生きていけるか、ということをたくさん学び、学んだことは、すぐ実行していきました。そして、いつも自分からすすんで人の意見を聞き、自分の行ないがまちがっていれば、すぐ、それを正し、やがて、自分の信じたことを、多くの人びとへ説くようになっていきました。

孔子(BC551〜BC479)──国と人との正しい道を説きつづけて「論語」を残した中国の学者、思想家。

詳しくは、いずみ書房のホームページにあるオンラインブック「せかい伝記図書館」をご覧ください。
http://www.izumishobo.co.jp/onlinebook/c02_denki/koushi/index.html

投稿日:2006年09月28日(木) 09:18

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)