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かえん太鼓

「おもしろ古典落語」の21回目は、『火焔太鼓(かえんだいこ)』というお笑いの一席をお楽しみください。

道具屋の甚兵衛は、おかみさんと甥の定吉の3人暮らし。「ちょいと、おまえさん」「何だよ」「何だよじゃないよ。おまえさんほど、商売のへたな人はないね。よくも道具屋になんてなったね」「どうしてだ」「だってそうじゃないか、うちは売るのが商売だよ。今だってそうだよ、お客さんが『道具屋さん、このたんすはいい箪笥だな』っていったら、おまえさん何ていった?『いい箪笥ですとも、うちの店に6年もあるんですから』って。これじゃ、6年たってもまだ売れ残ってるのを白状するようなもんじゃないか。『この箪笥の引き出し、開けてみてくれないか』っていわれたら、『それがすぐ開くくらいなら、とっくに売れてる』…何ていういいぐさだい。お客さんびっくりしてたよ。『じゃ、開かないのかい?』『開かないことはありませんが、こないだ無理に開けようとして腕をくじいた人があります』これじゃ、買う人なんてないよ」

「正直にいってるんだ」「正直にもほどがあるっていうんだよ。おまえさん、きょうは市にいってきたんだろ?」「ああ、いったよ」「何か買ってきたのかい?」「うん、ちょいともうかりそうなものを買ってきた、この太鼓だ」「およしよ太鼓なんか。そんなきたない太鼓、売れるはずないじゃないか」「おまえは、ものを見る目がないんだよ。きたないんじゃなくて、古いんだ。古いものは、もうかることがあるんだ」「ないね、おまえさんは、古いんでもうけたためしはないよ。このあいだだってそうだろ、清盛のしびんに、岩見重太郎のわらじってのを買ってきた」「よく覚えてるな、あれじゃ損したな」「あきれたよ。で、この太鼓、いくらで買ったんだい」「一分だよ」「おやおや、それじゃ一分まる損だ」「そりゃ、わからねぇよ。……おい、定吉、表でこの太鼓のほこりを払ってこい」

定吉がはたきをかけると、ほこりが出るわ出るわ、出つくしたら太鼓がなくなってしまいそうなほどです。調子に乗った定吉がドンドコドンドコやると、やたらと大きな音がします。そこへ身なりのりっぱな侍が、店へ入ってきました。「今、太鼓を打ったのは、そのほうの店か」「へぇ、さようで。いえ、打ったわけじゃありません。ほこりをはたいたんでございます。あそこにいるばかがやりましたんで。親類から預かっている子でございますが、身体だけは大きくても、まだ11でございまして、どうぞごかんべんを」「いやいや、とがめているのではない。じつは、殿が、おかごでお通りになったところ、太鼓の音が耳に入った。どういう太鼓か見たいとおおせられる。屋敷へもってまいれ、お買い上げになるかもしれんから」

最初はどんなおとがめがあるかと思っていた甚兵衛、買ってもらえるかもしれないとわかって、にわかに得意満面です。ところがおかみさんに「殿様はかごの中で音を聞いただけだよ。こんなすすのかたまりのような汚い太鼓を持ってってごらん。お大名は気が短いから、『かようなむさいものを持って参った道具屋、当分帰すな』てんで、庭の松の木へでもしばられられちゃうよ」とおどかされ、どうせそんな太鼓はほかに売れっこないんだから、元値の一分で押しつけてこいと家を追い出されました。

「今帰ったぞ、ハァハァー」「まぁ、あんな顔して帰ってきやがった。追っかけられてきたんだろ、早く、天井裏へでも隠れておしまい」「ばかやろ、天井裏なんか入れるか」「どうしたの?」「おれぁ、向こうへ行ったんだ」「行ったから、帰って来たんだろ」「…あの太鼓を見せたら、向こうで、いくらだって聞くんだ」「一分でございますっていったんだろ?」「うん、そういおうと思ったんだだけど、舌がつっちゃってしゃべれねぇんだ」「肝心なところで舌がつるんだね、だらしがない」「何いってやんでぇ、それからおれは、向こうが、手いっぱいにいえっていうから、手をいっぱい広げて…十万両」「ばかがこんがらがっちゃったね、この人は」「そうしたら、向こうは高いってんだ」「あたりまえだ」「三百両でどうだっていうんで、三百両……三百両で売ってきた。あの太鼓、おめえ『火焔太鼓』とかいって、たいへんな太鼓だとよ」「ふぅーん」「それでもって、小判で三百両、もらってきたんだ、どうでぇ」「えっ、じゃ、三百両もってんの? あらぁ、ちょいと、あたしゃ、そんな大金見たことないよ」「おれだってねぇやな」「早くお見せよ」「見せるから待てよ、これを見て、ぼんやりして座り小便なんかするな。いいか、ほら五十両…見とけ、小判が50枚重なって五十両、こん畜生…これで百両だ」「あ・ら・まぁ…ちょいと」「どうだ百五十両だ」「ほう・ほほ…とほほ」「おい、柱へつかまんな、ひっくりかえるからつかまれってんだよ」「そうよ、ほれ二百両」「み、水を一杯おくれ」「ほうれみやがれ、おれもそこで水を飲んだ」「まぁ、ほんとにおまえさん、商売上手だね」「何をいってやがんでぇ、どうだ、三百両」「まぁ儲かるね、もうこれからは音の出るのに限るねぇ」「こんどは半鐘にして、ジャンジャンたたくか」

「半鐘? いけないよ。おジャンになるから」


「5月13日にあった主なできごと」

1401年 日明貿易…室町幕府の第3代将軍 足利義満 は、民(中国)に使節を派遣し、民との貿易要請をしました。民は、遣唐使以来長い間国交がとだえていた日本との貿易を認めるかわりに、民の沿岸を荒らしまわっていた倭寇(わこう)と呼ばれる海賊をとりしまることを要求してきました。こうして、日明貿易は1404年から1549年まで十数回行なわれました。貿易の際に、許可証である勘合符を使用するために「勘合貿易」とも呼ばれています。

1717年 マリア・テレジア誕生…ハプスブルク家の女帝として40年間君臨し、現在のオーストリアの基盤を築いた マリア・テレジア が、生まれました。

1894年 松平定信死去…江戸時代中期、田沼意次一族の放漫財政を批判して「寛政の改革」とよばれる幕政改革おこなった 松平定信 が亡くなりました。

1930年 ナンセン死去…ノルウェーの科学者でありながら北極探検で多くの業績を残し、政治家として国際連盟の結成にも力をつくした ナンセン が亡くなりました。

投稿日:2011年05月13日(金) 06:49

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)