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天災

「おもしろ古典落語」の123回目は、『天災(てんさい)』というお笑いの一席をお楽しみください。

「ご隠居、まっぴらごめんなせぇ」「だれだ、そうぞうしい、なんだ八公か。おめってやつは、どうしてものごとに乱暴なんだ。3日もあけず、親子げんかに夫婦げんか。人の家へ入ってくるなりあぐらをかく。いいか、『親しき仲にも礼儀あり』っていうだろ。ちゃんと座りなさい」「どうぞおかまいなく」「おかまいなくっていうやつがあるか。で、いったいなんの用があってきたんだ」「へぇ、すいませんが、ちょいと、離縁状を二本書いてくんなせぇ」「ばかやろう、女房はひとりだろ、1本で足りるはずだ」「もう1本は、うちのばばぁにやるんで」「あきれた野郎だな、ばばぁってぇのは、おまえのおふくろだろう」「そんな、おふくろなんてもんじゃねぇ」「それならいったいなんだ」「死んだおやじの、たぶん、かみさんでしょ」「それを、おふくろっていうんじゃねぇか」「そうなるんですかね。でも、あんなしわくちゃばばぁなんて、みっともないから、ないしょにしておくんなせぇ」「なにがみっともねぇだ。女が年をとりゃ、みんな、ばぁさんになるもんだ。その母親に離縁状を出すなんて、バチがあたるぞ。『孝行のしたいじぶんに親はなし』っていうだろ、できるうちに親孝行しなくちゃいけねぇ」「へぇ」

「じつはな、おまえのような気の荒い人間は、心学(しんがく)というのを聞くといいと思って、このあいだ、おれの知ってる先生に、おまえのことをよくたのんでおいたから、これからいって、いろいろ教えを受けておいで」「へぇ、ありがとうございます。けれど、ありゃ、胸がやけていけません」「胸がやける? なんのことだ」「でんがくでしょ。豆腐にみそをつけて焼いたの」「田楽じゃない、心学。おまえの心をおさめる学問だ。むこうへいけば、先生がおまえによくわかるように、説き明かしてくれる」「学問ていったって、あっしは読み書きはできねぇ」「いや、ただ耳で聞くだけでりっぱな学問になるんだ」「へぇ、そいつはいいや。いったらすぐにやってくれるんでしょうか」「まぁな。おまえが、生まれ変わったような人間になったら、あたしだって世話のしがいかあるってもんだ。ここに紹介状を書いておいたから、これを持って行っていきなさい」 「どこなんです?」「長谷川町の新道で、紅羅坊名丸(べにらぼうなまる)先生と聞けばすぐわかる。たばこ屋の裏だ」

八っつぁん、たばこ屋に着くと、いきなり「このへんに、べらぼうになまける、とかいうやつがいるだろ」「なまける者は、たくさんおりますが…、ひょっとして、紅羅坊名丸先生じゃありませんか?」「知ってやがるくせに、そらっとぼけやがって、この横着じじい」「なんとも乱暴な方だな。この裏を入って、つきあたった格子のはまった家ですよ」「格子の家ね。こんちはぁ、まっぴらごめんなせぇ…親方、大将…おーい、だれもいないのけぇ」「どなたか知らないが、だれもいないから、こっちへおはいり」「ごめんなせぇ」とあがった八っつぁん、紹介状をわたすと、先生はくすくす笑いながら、ひと通り読みました。

「おまえさんのことは、前からうかがっていましたが、手紙を読むと、おふくろさんと、しじゅうけんかをしてるそうだな。親は、だいじにしなくちゃいけませんよ」「そんなんじゃねぇやつを、やっておくんなさい。親孝行のことは、隠居に、一日3度くらいいわれて、もうあきあきしてますんで」「よく、けんかをするそうだが、けんかをすると、必ずおまえさんの身体に、損がいく」「冗談でしょ、損得を考えてけんかするやつはありゃしません。しゃくにさわりゃ、いますぐにでもけんかぁするんだ」「そんな大きな声出して、それじゃ、あたしとおまえさんがけんかをしてるようだ。まぁ、あたしのいうことを耳できくんじゃなく、腹でききなさい」「腹できくって、へその穴できくんですかい?」「しっかり、よく聞きなさいってことだ。『気に入らぬ風もあろうに柳かな』って、おわかりかな」「はぁ、どうも感心しました」「じゃ、おわかりだね」「いいえ、まるっきり」「柳という木は、やわらかなものだ。南風がふけば北へなびき、北風がふけば南へそよぐ。人もその通り、心をすなおにもてば、けんかもできないという理屈だな」「柳は川端にはえていて、風が吹いたって風のとおりにブラブラしてればいいけど、風が吹いてるとき、川端歩いてたら、川ん中へおっこっちゃう。人間にゃ虫のいどころの悪い時もあるんで、しゃくにさわりゃ、けんかもしまさぁ」「いや、それがいかんのだ。腹が立つとき、これをがまんするのが堪忍という。『堪忍の袋をつねに首へかけ、破れたらぬえ、破れたらぬえ』」「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」

「これこれ、お寺のお経とまちがえてはいかん。もっとわかりやすい話をしよう。たとえば、おまえさんがおもてを歩いているとする。どこかの店の小僧さんが道に水をまいて、その水がおまえさんの着物にかかったら、おまえさんはどうなさる」「けんかをします」「ちっちゃな小僧がしたことだ、けんかをするわけにはいくまい」「小僧とはできねぇが、小僧をその店に引っぱってって、なんだっててめぇんとこじゃこんな小僧を飼ってるやがるんだって、どなりこみます」「飼っとくてぇやつがあるか。それじゃぁ、風の吹く日に、せまい横町にはいったとする。ところが風のために、屋根から瓦が落ちてきて、おまえさんの頭に当たったとしたらどうだ、痛いだろう」「そりゃ、痛いでしょうね」「その瓦とけんかができるかな」「その瓦を持って、その家へねじこむ。てめぇんとこは、職人の手間代をおしむもんだから、ちっとばかり風が吹いても、瓦が落っこちるんだって、どなりこむね」

「それじゃ、人も家もいない、大きな原っぱをおまえさんが歩いているとしよう。いままで、雲ひとつない天気だったのが、突然のにわか雨、傘もないから、ぐっしょりぬれてしまう。さぁ、その時だ、だれを相手にけんかをなさる?」「へぇ、もうようがす。しょうがねぇ、相手がいなくちゃ、あきらめます」「どうあきらめる?」「人がふらしたわけじゃなく、天からふってきた雨だと思ってあきらめます」「それ、その理屈です。すべてのものごと、相手を人だと思わず、天だと思ってあきらめるんだ。天の災いと書いて天災という。なにごとも天災だとあきらめれば、腹を立てようと思っても腹が立つまい」

わかったのかわからないのか、ともかく八っつぁん、すっかり心服して、なるほどお天道さまがすると思えば腹も立たない、天災だ天災だと、すっかり人間が丸くなって家に帰ります。なにやら隣の熊さんの家でいい争っているので、どうしたのかと聞くと、まだ離縁の話がきまってないのか、前のかみさんがきて、かみさんの知らぬ間に女を連れこんだともめているといいます。ここぞと、心学の先生気どりで、熊さんの家に入った八っつぁん、「まあ落ち着け。ぶっちゃあいけねぇ。奈良の堪忍、駿河の堪忍」「なんだよ」「気に入らぬ風もあろうに蛙かな。ずた袋よ。破れたらぬうだろう」「だからなんでぇ」「原ん中で夕立にあって、びっしょり濡れたらどうする? 天災だろう」

「なぁに、先のかかぁだから。先妻だ」


「6月28日にあった主なできごと」

1491年 ヘンリー八世誕生…首長令を発布して「イングランド国教会」を始め、ローマ法王から独立して自ら首長となったヘンリー8世が生まれました。

1712年 ルソー誕生…フランス革命の理論的指導者といわれる思想家ルソーが生まれました。

1840年 アヘン戦争…当時イギリスは、中国(清)との貿易赤字を解消しようと、ケシから取れる麻薬アヘンをインドで栽培させ、大量に中国へ密輸しました。清がこれを本格的に取り締まりはじめたため、イギリスは清に戦争をしかけて、「アヘン戦争」が始まりました。

1914年 サラエボ事件…1908年からオーストリアに併合されていたボスニアの首都サラエボで、オーストリア皇太子夫妻が過激派に暗殺される事件がおこり、第一次世界大戦の引き金となりました。

1919年 ベルサイユ講和条約…第一次世界大戦の終結としてが結ばれた「ベルサイユ講和条約」でしたが、敗戦国ドイツに対しあまりに厳しい条件を課したことがナチスを台頭させ、第二次世界大戦の遠因となりました。

1951年 林芙美子死去…『放浪記』など、名もなく・貧しく・たくましく生きる庶民の暮らしを、みずからの体験をもとに描いた作品で名高い女流作家 林芙美子が亡くなりました。

投稿日:2013年06月28日(金) 05:01

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)