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三人絵師

「おもしろ古典落語」133回目は、『三人絵師(さんにんえし)』というお笑いの一席をお楽しみください。

江戸っ子の仲良し三人組が、お江戸日本橋をふりだしに、小田原、浜松、岡崎、名古屋、桑名、大津…と、東海道五十三次を順にのぼって、京都の宿屋に泊まりました。

「ああ、よく寝たな。おや、あいつら二人は、どこへいっちまったのかな。たしか夕べは、この宿について、3人でいっぱいやって、ドンチャカ大騒ぎして、ゴロッと寝て、おれはそのまま眠っちゃったんだった。あいつらは、夜どっかへでかけたのかな。それとも、朝起きぬけに、そこらを見物にいったのかな。どっちにしても、おれを起こしゃいいじゃないか。おや、今鳴った鐘は、九つ(正午)だ。もう昼か…、それにしてもよく寝たな」

江戸っ子のひとりが、大あくびをしていますと、となりの座敷では、京都の人と、大坂の人がおしゃべりをしています。

「さ、もう昼やな。昼めしも食べたし、そろそろ仕事はじめまひょか」
「そやな、どうしても、この絵、今日じゅうに仕上げんといかんよってな」
「ほんまや、夕べかくつもりやったが、となりの江戸のヘゲタレもんが、うるそうてうるそうて」
「ほんまやなぁ、あんなうるさい男たち、よう知らんわ。酒は飲む、歌はうたう、酔っちゃ騒ぐ、寝たと思うたら寝言、歯ぎしり、えらいこっちゃ…」
「さ、絵かく前に、茶でも入れまひょか。宇治のええ茶がありますさかいに」
「そりゃ、よろしいなぁ…、こんな茶の味、江戸のヘゲタレどもは、よう飲んだことおまへんやろ」

「おい、てめぇたち」
「なんや、あんたは?」
「江戸のヘゲタレで悪かったな」
「あれっ、聞こえてしもたか」
「聞きたくなくたって、聞こえらぁ。おお、その宇治の茶ってぇのをいっぱいもらおうか。眠けざましにちょうどいいや。……あー、うめぇ、おかわりをくれ」
「らんぼうなお人やな」
「江戸っ子ってのはな、みんなトントントンと、いせいがいいんだ。てめぇらみてぇに、モタモタしてるのは大きれぇだ。おれの前で、『ヘゲタレ』だのともう一度ぬかしてみろ、首っ玉引っこぬいてやる」
「おお、こわ…」
「やい、そこのアゴ坊主」
「まるでけんかやな。アゴ坊主ってだれや?」
「おめぇだ、おまえの面(つら)ぁ、ずいぶんと長ぇや。アゴが突出して、坊主頭だから、アゴ坊主ってつけてやったんだ、ありがたく思え」
「ありがたいこと、あるもんか」
「てめぇの商売はなんだ」
「わいは画工や」
「なに、がっこう?」
「学校やあらへん、画工、絵師や」
「ああ、絵かきか。そっちの黒っ子、てめぇはなんだ」
「なんや、黒っ子てのは」
「色が真っ黒で、よくみねぇと、顔の裏表がわからねぇ、だから黒っ子じゃねぇか。おまえの商売は、なんだ」
「わても絵師や。あんた、ひとりでポンポンいいなさるが、あんたの商売は、いったいなんぞやね?」
「おれか、おれも、その絵師よ」
「えっ? あんたも絵師かいな。絵師って顔やおまへんな」

「三人絵師が出あったのも、なにかの縁だ。あったしるしに、どうでぇ、絵のかきっこをしようじゃないか。まず、おれが一両を出す。アゴ坊主も、黒っこも一両ずつ出すんだ」
「すしでもとるのかい?」
「そんなことするか。あわせて三両、ここにおく。みんなで絵を1枚ずつかくんだ。いちばんうめえ者がこの三両をいただくのよ」
「そりゃ、おもしろそうだ」
「おもしろいだろ。さぁ、まずはアゴ坊主からかいてみな」
「あんたが、はじめにかいたらどうや」
「おれが、いちばんうめぇにきまってるから、いちばんあとでいい」
「ほんまかいな?」
「ほんとうだ。おれは、日本一の絵師だからな」
「信じられへん」
「ぐずぐずいわずに、早くかけ!」

こうしてアゴ坊主は、さらさらと、木こりがノコギリを持って木を切っている絵をかきました。
「やいアゴ坊主、てめえはとても絵師じゃあメシがくえねえから、商売がえをしろ」
「どこが悪い」
「この木こりのノコギリは、木の半分ほど入ってるな。だったら、なぜオガクズがねぇんだ。オガクズがとび散ってなきゃおかしいだろ」
「ああ、そうや、そのとおりやな」
「だからこの絵はなっとらんというんだ、アゴ坊主、三両はあきらめろ。こんどは黒っ子だ。そっちも、なにかかけ」

「もうかいたよ」
「じゃ、見せてみな。ふーん、母親がわが子に、まんま食べさせてるとこだな。こいつもまずいな」
「いったいどこがどう悪い」
「悪いとこだらけだ。いちばん悪いのはここんとこだ。この母親は、きちんとまげをゆって、着物を着て、ちゃんとすわって、はしにめしをはさんで、子どもに食わせてるな。おまえは、わが子にまんまを食べさせてるとこを見たことあるか。おっ母さんも大きな口をアーンと開いてやってこそ、子どもも安心して食べられるんだ。それなのに、母親が気取って口を結んでいるてのは、どういうわけだ」
「ああ、そうやなぁ」
「おめぇも気のどくだが、三両はあきらめろ。こいつはおれのもんだ」
「そりゃ、だめや。あんたもなんぞかいて、あたしたちが、なぁるほどこれではむりもないと思って、はじめてあんたのもんや」

「よーし、それじゃ、紙を出せ。ついでにすずりを貸せ。おめぇたちは、紙のすみっこをおさえてろ」
というや、もったいぶった顔で、刷毛(はけ)にたっぷり墨を含ませます。紙一面を黒くぬりりつぶし、
「さあどうだ」
「さっぱりわからん。これ、なんの絵やね?」

「この絵がわからんのか? まっ暗やみから、黒い牛を引きずり出したとこだ」


「10月25日にあった主なできごと」

1637年 島原の乱…島原・天草地方のキリシタンの農民たち37000人が、藩主の厳しい年貢の取立てとキリシタンへの弾圧を強めたことから、少年の天草四郎を大将に一揆を起こしました。3か月余り島原の原城に籠城して抵抗しました。

1825年 ヨハンシュトラウス誕生…ウインナーワルツの代表曲として有名な『美しき青きドナウ』『ウィーンの森の物語』『春の声』など168曲のワルツを作曲したオーストリアの作曲家ヨハンシュトラウス(2世)が生まれました。

1838年 ビゼー誕生…歌劇『カルメン』『アルルの女』『真珠採り』などを作曲したフランスの作曲家ビゼーが生まれました。

1881年 ピカソ誕生…画家であり、彫刻家であり、また歴史家、詩人、学者でもあった情熱的芸術家ピカソが生まれました。

投稿日:2013年10月25日(金) 05:57

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)