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石返し

「おもしろ古典落語」135回目は、『石返(いしがえ)し』というお笑いの一席をお楽しみください。

夜なきそば屋のせがれの松公は、親父の屋台のあとをヘラヘラいいながらくっついて歩くばかりで、親父のあとをつぐ気がありません。
そんなある日親父は、
「今夜は、腰が痛くてたまらない。かわりにおまえがそばを売って来い」と、いいわたしました。

そばの作り方から、
「お寒うございます」というお愛想のいい方なんかをまず教え、商いをはじめる場所を教えます。
「おもて通りにゃりっぱなそば屋があって売れないから、できるだけさびしい場所を選ぶんだぞ」
「それじゃ、墓場で売ろうか」
「さびしすぎるだろう。いいか、火事場のそばなんかだと野次馬が大勢集まってるからもうかりやすい」
「それじゃ、お父っつぁん、道具ぅ置いといて火ぃつけてまわろうか」
「ばかやろうっ!」と、なんとも頼りない。
それでもしまいに
「そばぁ、そばぁうううい」という売り声を教えこまれ、松公は商売に出かけました。

なかなか売り声がでてきませんでしたが、ひとりの男が声をかけてきました。
「おい、そば屋」
「なんだい?」
「そばをくれ!」
「いやだよ」
「もうねぇのか?」
「どっさりある」
「どうして売らねぇ」
「こんなにぎやかなとこじゃ、売らないんだ。これからさびしいとこへ行くから、ついてこい!」
「冗談いうな」と、怒っていってしまいました。

そのうち、ひと通りのないさびしい所に出たので、声をはり上げると、片側が石垣、片側が塀になっている大きな屋敷がありました。
「こんなところで売れるかな」と思っていると、塀の上の方から声がします。
「ぜんぶ買ってやるから、そばとそば汁を別々に残らずここに入れろ」と、上から大鍋と大徳利が下がってきたので、松公よろこびいさんでそばを鍋に、徳利に汁を残らず入れ、
「さぁ、さお鍋の宙づりだ。スチャラかチャンチャン」とはやすうちに、そばはスルスルと屋敷の中に消えていきました。

「おじさ〜ん、おあしをおくれよ」というと、
「金か。ここから投げてもいいが、なくなるといけねぇ。その石垣に沿っていくと、門番のじじいがいるから、そいつからもらえ」とのこと。
ところがいわれた通りいってみたら、その門番、
「そいつは、たぬきのしわざだ。あそこにゃ人は住んじゃいない、それはたぬきで、おまえは化かされたのだからあきらめろ。たぶんたぬきが、引っ越しそばでもあつらえたんだろう。そんな金を人間がはらう義理はない。帰れ帰れ」と、六尺棒で追い立てられてしまいました。
松公は、泣きべそかきながら家にもどり、親父に報告しました。

「あそこは番町鍋屋敷というとこだ。たぬきでもなんでもない。商人(あきんど)をだましていじめてるんだ。よーしわかった、これから仕返しに行くぞ」と、屋台の看板を「しるこ・日の出屋」に書きかえると、松公を連れて現場へやってきました。
「しるこぉ」と声を張り上げると、
「おい、しるこ屋」と先ほどの声がしました。
「お父っつぁん、あれがたぬきだ」
大鍋が下がってきたので、親父は、そこに大きな石を結びつけました。
「お待ちどうさま」
「おいっ、この石はいったいなんだ?」

「さっきの石(意趣)返しでございます」

* 意趣(いしゅ)返しとは、仕返しの意味です。


「11月22日にあった主なできごと」

1263年 北条時頼死去…鎌倉時代の第5代執権で、北条氏本家による独裁政治の基礎を確立した北条時頼が亡くなりました。

1869年 アンドレ・ジッド誕生…『狭き門』『田園交響曲』『贋金つかい』などを著し、ノーベル賞を受賞したフランスの作家アンドレ・ジッドが生まれました。

1890年 ド・ゴール誕生…フランス建国史上最も偉大な指導者のひとりと評価されている政治家ド・ゴールが生まれました。

投稿日:2013年11月22日(金) 05:51

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)