児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ Top >  おもしろ落語 >  夢屋

夢屋

「おもしろ古典落語」の119回目は、『夢屋(ゆめや)』というお笑いの一席をお楽しみください。

世の中が進むにしたがいまして、いろいろと珍しいものが出てきました。新幹線やジェット機なんて、昔の人には想像がつかないものだったにちがいありません。テレビなんていうのも、家にいたままで、世界じゅうのできごとを見ることができるのですから、考えてみれば、不思議なことですね。これからお話しますのは、「夢屋」というなんとも不思議な商売が出てきまして、どんなことでも、望み通りの夢を見せてくれるといいます。これが評判になって、大繁盛となりました。

「こんちはぁ」「はい、いらっしゃいませ」「あっしは、友だちから聞いて来たんだが、好きな夢を売ってくれるそうだな」「さようでございます。どうぞ、おあがりください」「へぇ、りっぱな部屋だね。ここで夢を売るのかい?」「いえ、ここは応接間でして、お客さまのご注文をおうかがいいたします」「でも、枕がたくさん並んでいるじゃねぇか」「これは夢の見本でして……」「夢の見本?」「枕によって、みたい夢をお選びになることができます」「ふーん、ここに役者の紋がついてるのがあるね」「へぇ、それはお芝居の夢でございます」「なるほどな。こっちにある三味線のついてる枕は」「それは転び芸者の夢でございます」「ははは、しゃれてるね、…軍配のあるのは相撲の夢か」「その通りです。で、お客さまは、どんな夢をごらんになりたいんで?」

「うーん、ちょっときまりが悪いんだが、じつは、金持ちになりてぇんだ。間違えちゃこまるよ、おれは職人だ。金がほしいなんてケチな気持はもってねぇ。ぜんたい、世の中の金持ちを見てると、自分ばっかりぜいたくをしやがって、いばりちらしてる。貪乏人のことはいっこうにかまわねぇ。それがしゃくにさわってな。だから、おれは金持ちになって、貧乏人にほどこしてやって、世間の金持ちに、金はこうやって使うもんだって教えてやりてぇと思うんだ」「けっこうでございます」「決して、欲のためじゃないんだぜ」「よくわかりました。この枕をなさいますと、金持ちになる夢が見られます」「なるほど、聖徳太子の絵がかいてあるね」「それでは、夢見料をちょうだいいたします」「夢見料? 木戸銭を先に取るのか」「へぇ、木戸銭というのはおかしゅうございますが、先にいただいておきませんと、ほかの売りものと違いまして、品ものを取りかえるわけにもまいりません。お客さんのなかには、こんなつまらない夢はいらないとおっしゃる方がございますんで、前金をちょうだいしております」

「そうか、悪い奴がいるんだな。食い逃げじゃなくて、眠り逃げか。で、いくらだ」「三円いただきます」「三円? 安くないね。ちょいと夢を見るだけで三円か」「じつは、五円なんですけど、ただ今サービス期間中で、特別に割引しております」「割引いて三円か。いまさら帰ぇるわけにはいかねぇしな。ほら、三円」「では、こちらへお入りください」「へぇーっ! こりゃまた豪勢な寝屋だね。こんなきれいな寝台で寝りゃ、夢を見る前から、金持ちになった気になるなぁ」「では、ごゆっくり、お休みください。2時間たちましたら、おむかえにまいります」と、客ひとり残して、夢屋の店員は、部屋を出ていきました。

「ちょっと、あんた、あんた、起きておくれよ」「う、うっ、なんだ」「なんでもいいから起きておくれよ、たいへんなんだよ」「どうした? 火事でもはじまったか」「なにをいってるんだい、しっかりおしよ」「おまえのほうがしっかりしろってんだ。順序よく話せ」「あのさ、いま、庭の松の根もとをね、となりの犬が掘りっ返していたんだよ。すると、ワンワンほえ出したんだ」「それがどうかしたか」「あたしがいって見ると、たいへんなんだよ」「だから、なにがたいへんなんだ?」「なんでもいいから、ちょっと来てごらんよ」「いくよ、そう引っぱるない。どうしたってんだ。……や・や・や、こりゃたいへんだ。松の木の下から金貨や銀貨がポンポン飛び出してやがる。おれがあんまり金持ちになりたがったもんだから、神さまがあわれんで、さずけてくれたんだな。こいつはありがてぇ。さぁ、くわを持ってこい」こうして夫婦ふたりで、むちゅうになって、松の木の下を掘りおこします。

「こりゃどうでぇ、掘れば掘るほど金貨や銀貨、古金がいくらでも出てくるぜ。はやく入れものを持ってきな。ごみ箱でも、手おけでも、バケツでもなんでもかまわねぇ。なんでもつめるそばから家ん中にかつぎこんでくれ。……おいおい、まだ入れ物がたりねぇよ。台所の米びつでもいいよ。なに? 米びつ使っちゃ米いれるのにこまる? いいやな、米びつなんか金せぇありゃいくらでも買えるじゃないか。ああ、身体がヘトヘトになっちまった。このくらいにして、あとは、土をかぶせといて、またいるようになったら、掘り出すことにしよう。なにしろこう金が入っちゃ、こんなこきたねぇ家にも住んでいられねぇな。あしたにも、豪邸を買ってどっかへ引越そう。着るものもなんだ、デパートへ行って、すっかり買い占めてこよう。それから、毎日うめえもん食って、芝居だの寄席を遊んで歩こう。伊勢参宮から京大阪を見物するのもいいな……」

「ごめんください、ごめんください」「おい、なんだか、表で声がするぜ。出てみろ、おい、ひょこひょこ出るな。おまえは、もう金持ちの奥さんだ。ぐっと、貫禄をつけて出なくちゃいけないよ」「ちょっとあんた、いま孤児院の人が、寄付をいただきたいってきてるんだよ。どうする?」「なに、もう、うわさわ聞きつけて、やってきやがったか。寄付だと? 金なんてのは、いくらあっても足りるってもんじゃねぇ。そんなことに出す金はありませんって、追い返してこい」

「こめんください、もしもし、ごめんください」「あっ、またきやがったな。よし、こんどはおれが出る」「おう、なんか用か?」「いやぁ、私でごございます。まだ、お目ざめになりませんか? 夢屋の店員でございます」「なに、夢屋? あっ、あ、そうか。夢か。金持ちの夢を見にきてたんだっけ」「いかがでした? よろしいところをごらんになられましたか」「よろしいところ? あっ、しまった」「どうかなされましたか?」

「夢なら、少しは、寄付しておきゃぁよかった」


「5月31日にあった主なできごと」

1596年 デカルト誕生…西洋の近代思想のもとを築き、「コギト・エルゴ・スム」(われ思う、ゆえにわれあり)という独自の哲学で「哲学の父」とよばれたデカルトが生れました。

1809年 ハイドン死去…ソナタ形式の確立者として、モーツァルトやベートーベンに大きな影響力を与え、104もの交響曲を作ったことで知られる古典派初期の作曲家ハイドンが亡くなりました。

1902年 ボーア戦争終了…オランダ人の子孫ボーア人が植民地としていたダイヤモンドや金の豊富な南アフリカをめぐり、10数年も小競り合いをつづけてきたイギリスは、この地を奪い取ることに成功。8年後の1910年「南アフリカ連邦」を成立させました。

投稿日:2013年05月31日(金) 05:24

 <  前の記事 金の毛が3本はえた鬼  |  トップページ  |  次の記事 長期政権を実現した佐藤栄作  > 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://mt.izumishobo.co.jp/mt-tb.cgi/3079

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

         

2014年08月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

月別アーカイブ

 

Mobile

児童英語・図書出版社 社長のこだわりプログmobile ver. http://mt.izumishobo.co.jp/plugins/Mobile/mtm.cgi?b=6

プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)