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御慶 1

「おもしろ古典落語」137回目は、『御慶(ぎょけい)』というお笑いの前半(年末編)をお楽しみください。

江戸っ子のあいだに富くじという、宝くじのようなのが流行った時代がありました。一攫(いっかく)千金をねらう欲の皮のつっぱった町人も多く、夫婦げんかの絶えない家もずいぶんありました。長屋の八五郎夫婦もそんな家のひとつでして……。

「どうするんだい、おまえさん。暮れの28日だというのに、仕事もしないでぶらぶらして、やれ、ゆうべこんな夢をみたからどうだとか、のんきなこといわないでおくれよ」
「なにいってやがる。仕事をしねぇったって、富というのは、ひとつ当たりゃ一夜のうちに大金持ちになるんだぞ。さっきもいった通り、おれはいい夢を見たんだ。こんどはまちがいなく当たる。だから、一分だけ都合つけてくれよ」
「なにいってんだよ。一文だって都合できるもんかね。そんなに富がよかったら、富と夫婦になったらいい。あたしを離縁しとくれ!」
「くだらねぇこというな。なぁ、なんとかしてくれよ」
「だめだよ」
「じゃ、こうしよう。おまえの半てんをぬげ。質屋の番頭に談じこんで、一分こしらえるから」
「こんなもんで一分なんて大金貸すもんか」
「貸すよ、おれが借りてみせらぁ」
「いやだよ、これを持っていかれちゃ、正月に着ていくものがないじゃないか」
「いいから脱げ。脱がねぇと張り倒すぞ」

いやがるかみさんの半てんをむりやりひっぱがすと、質屋の番頭をおがみ倒して、千両富のくじ代をこしらえると、湯島天神の札場へ飛んでまいりました。
「おっ、すまねぇ、1枚もらいてぇんだ」
「いらっしゃいまし。番号にお好みでも……」
「大ありよ。いい夢を見ちゃったんだ。鶴がはしごのてっぺんにとまってんだ。だからよ、鶴は千年てぇから、鶴の千で、はしごだから八四五。だから、鶴の千八百四十五番、こいつをもらいてぇんだ」
「ちょっとお待ちください、あるかどうか…いま調べますから。いやこりゃ、うっかりしておりました。ただいま、その番号を買ってお帰りになった方がございます」
「おいおい、よしてくれよ、それが千両になるんじゃねぇか。すまねぇけど、おんなじ番号をもう一枚、こしらえてくれ」
「そういうことはできません」
「だめかね、じゃいらねぇや。ちくしょうめ、一足ちげぇか。運のねぇのはしょうのねぇもんだ。ああ、死にたくなったな、川へ飛びこんで。……でも、この寒さじゃ、冷てぇだろうな。首をくくるんじゃ、ざまぁ悪いし、ああ、なさけねぇ……」

「ちょいと、そこへ行くかた、どうだな、ひとつ見てしんぜようか。なにか心配事があるようじゃな」
「えっ、なんだい、易の先生かい。せっかくだから、見てもらおうか」
「なにを見るかな、縁談、金談、失せもの、人さがし……」
「そんなもんじゃない。おれはね、じつはいい夢を見たんだ」
「ああ、夢判断か。それは、わしの得意とするところだ」
「じつはね、鶴がはしごのてっぺんにとまってんだ。だからよ、鶴は千年てぇから、鶴の千で、はしごだから八四五。だから、鶴の千八百四十五番買えば、千両富に当たると思うだろ、なぁ先生」
「なんだ、富にこっていなさるのか。しかし、富なんてものは、当たるもんじゃない。あんなものはやめなさい」
「なにをいってやんでぇ、この野郎。おらぁ、一足ちげぇで、その番号を買われっちまったんだ」
「よほど思いつめておるな。よろしい、ではみて進ぜよう。鶴は千年で、はしごが八百四十五と考えたのだな、それは素人の考えそうなことじゃ」
「なんだ? 素人も玄人もあるか」
「じゃ、おまえさんに聞くが、はしごというものは、のぼるのに必要なものか、おりるのに必要なものか、ご存じかな」
「ありゃ、のぼったりおりたりするもんだ」
「そうじゃが、おりるより、のぼるほうに必要なもの。八百四十五とおりてくるより、五百四十八とのぼるのが本当だ。鶴の千五百四十八番、これを買わなきゃあたらないよ」
「なるほどな、やっぱり商売だ、うめぇことをいう。ありがとうよ」
「これこれ、見料をおいていきな」
「冗談じゃねぇ、ここで見料おいた日にゃ、札が買えねぇ。当たったらおめぇに、いくらでもけぇしてやらぁ、ありがとよ」

運よく、鶴の千五百四十八番が買えた八五郎、札をふところに、境内に入ってくると、もういっぱいの人だかりです。欲の張った連中ばかりですから、うるさいのなんの。いよいよ、富の箱の中を長いキリを持った小坊主が出てきて「突きまーす」と叫ぶと、場内はしーんと静まります。さぁ、この番号を聞きもらさないようにと、せきばらいひとつありません。そこに、子どものかん高い声がして、当たりくじの読み上げがはじまります。

「つるのおぅ、せん、ごひゃくぅ、よんじゅう、はちばぁん……」
「ああ、あー、あ、あたあたあたたた……」
八五郎、腰をぬかして気絶寸前におちいりますが、まわりの人たちに助けられて意識をとりもどします。当たりは千両でも、すぐ受け取ると二百両差しひかれると説明されますが、来年までなんぞ待ってられるかと、八百両受け取った八五郎、飛ぶように長屋へご帰宅。富が当たったと聞いたかみさんも卒倒。
「だからあたしゃ、おまえさんに富をお買いっていった」
「うそつきゃあがれ、こんちくしょー」

さあ、それから大変な騒ぎです。正月の年始回り用に、着たこともない紋つきのかみしもと脇差しを買いこむやら、大家にたまった家賃と十年分の前払いだといって十五両たたきつけるやら。酒屋が来て、餠屋が来て、まだ暮れの二十八日だというのに、一足先にこの世の春のようです……。


「12月27日にあった主なできごと」

1571年 ケプラー誕生…惑星の軌道と運動に関する「ケプラーの法則」を発見したケプラーが生まれました。

1780年 頼山陽誕生…源平時代から徳川にいたる武家700年の歴史を綴った 「日本外史」 を著した学者・歴史家で、詩人・書家としても活躍した頼山陽が生まれました。

1822年 パスツール誕生…フランスの細菌学者・化学者で、狂犬病ワクチンを初めて人体に接種したことなどの業績により「近代細菌学の開祖」といわれるパスツールが生まれました。



☆〜〜〜〜〜〜〜〜★〜☆〜★〜〜〜〜〜〜〜〜☆

本年のご愛読をありがとうございました。
新年は6日からスタートする予定です。
皆さま、よいお年を !
投稿日:2013年12月27日(金) 05:09

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)