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御慶 2

「おもしろ古典落語」138回目は、『御慶(ぎょけい)』というお笑いの後半(新年編)をお楽しみください。

富に当たって、いちやく成金となった八五郎。新しい年をむかえると、さっそく、大家のところへ年始のあいさつにでかけます。

「おう大家さん、おはよう、おめでとうござんす」
「おっ、ばかに早いな。いやぁりっぱになったな、紋付にかみしもか。まぁ、そういうこしらえをしたなら、突き袖っていうのをしなよ」
「なんです? 突き袖ってのは」
「ああ、両方のたもとにこう手を入れてな、左のたもとは、脇差の上へ軽くのせるんだ。そうそう、それでいい。そのかっこうに扇子がないのはおかしい。ここに白扇があるから、おまえにあげよう。これを前のところにさして……、あはは、すっかりりっぱになった」

「えへへ、なんだか芝居をやってるようだな。それじゃあらためて、おめでとうござんす」
「ああ、おめでとう。だがな、りっぱな身なりで『おめでとうござんす』というのはおかしい。『旧年中はなにかとお世話になりまして、ありがとう存じます。本年も相かわらずお引き立てのほどを、よろしくお願いいたします』とか、そのくらいのことをいったらどうだ」
「冗談じゃねぇ、そんな長ったらしいこといえるもんかい。もっと短くって、気のきいたあいさつはねぇかい」
「短くてか、『銭湯で はだかどうしの 御慶かな』『長松が 親の名でくる 御慶かな』なんていう句があるから、『御慶』ってのはどうだ」
「えっ、どけぇ?」「どけぇじゃない、ぎょけい」
「なんだい、そりゃ」
「まぁ、おめでたいという意味だ。むこうで、『おめでとうございます』っていったら、御慶っていうんだ」
「そいつはいいや。それから?」
「まぁ、正月のことだから、おとそを祝いましょう、どうぞおあがりくださいとでもいわれるだろう」
「冗談じゃねぇ、いちいちあがってた日にゃ、まわりきれねぇや」
「だから、そういわれたら、春永(はるなが=日が長くなってから)にうかがいますってんで、永日(えいじつ)といいな」
「へぇー、おめでとうで『御慶』、おあがりなさいで『永日』か。これならおぼえられらぁ。へぇ、ありがとうござんす。えへへ、ありがてぇ、どこからやろうかな。そうだ、虎んとこへいっておどかしてこよう」

「おーい、虎、虎公いるか…」
「あのぅ、もし、おとなりさんはお留守よ。あーら、まぁ、どこの旦那かと思ったら、八っつぁんじゃないの」
「ああ、のり屋のおばあさんか。虎はいないのけぇ」
「なんかね、さっき友だちがきて、三人ででかけたよ」
「ちくしょうめ、人がせっかくこのなりを見せてやろうと思ったのに、張り合いのねぇ野郎だ。じゃいいや、おばあさん、虎公のかわりに、ひとつやってくんねぇ」
「えっ、なんだい?」
「おめでとうってのを、やってくんないか」
「あっ、そうそう、まだいってなかったねぇ。申し遅れました。おめでとうございます」
「うん、御慶ぇ」
「な、なんでございます」
「なんでもいいんだ。そのあとをやってくんねぇ」
「そのあとって?」
「どうぞ、おあがりって、いってくんねぇか」
「それがねぇ、そういいたいけど、ちらかってるもんだから……」
「いいんだ、あがりゃしない。おまえがそういってくれねぇと、おらぁよそへ行けねぇんだからよ」
「そうかい、じゃ、どうぞおあがりください」
「永日ぅ…、べらぼうめ……、びっくりしてやがら。おや、向こうからくるのは金坊だな、おーい、金坊」

「おう、八公じゃねぇか、すっかりりっぱになっちまって、千両富にあたったんだってな」
「やってくれよ、おめでとうってのを」
「あっそうか、おめでとう」
「御慶ぇ」
「なんだい?」
「いいから、あとをやれ」
「あとってのは、なんだ」
「どうぞおあがりくださいってのをやってくれ」
「よせよ、ここは往来じゃねぇか」
「いいんだよ、おめぇがそういってくんねぇと、おりゃ向こうへ行けねぇんだ」
「じゃ、いうよ、どうぞおあがりください」
「永日だ、べらぼうめ」
「べらぼう?」

「あっはっは、目を白黒させてやがる。ああ、ありがてぇ、ありがてぇ。おっ、きやがった、虎公が半公と留と三人で、まゆ玉かついで帰ってきやがったな。おーい」
「やっ、八公が、たいへんななりしてきやがったなぁ。大当たりだそうだな」
「あはは、おい、おめでとうってのをやってくれ」
「よっ、こりゃどうも、おめでとう」
「おめでとう」「おめでとう」
「えへへ、三人まとめてやるからな。御慶ぇ、御慶ぇ、御慶ぇ」
「よせよ、みっともないから、にわとりが卵を産むような声をだしやがって」
「わからねぇ野郎だな。ぎょけぇっていったんだ」

「どけぇ? ああ、恵方(えほう)まいりに行ってきたんだ」

*「恵方(えほう)」は、その年の干支に基づく吉の方角のことで、「恵方まいり」は、その方角に当たる神社に参拝すること。


「1月6日にあった主なできごと」

1215年 北条時政死去…鎌倉時代の初期、源頼朝がうちたてた鎌倉幕府の実権を握り、北条氏の執権政治の基礎を築いた武将・北条時政が亡くなりました。

1412年 ジャンヌ・ダルク誕生…「百年戦争」 でイギリス軍からフランスを救った少女ジャンヌ・ダルクが生まれました。

1706年 フランクリン誕生…アメリカ独立に多大な貢献をした政治家、外交官、また著述家、物理学者、気象学者として多岐な分野で活躍したフランクリンが生まれました。
投稿日:2014年01月06日(月) 05:33

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)