「おもしろ古典落語」の120回目は、『館林(たてばやし)』というお笑いの一席をお楽しみください。
江戸時代も後半になりますと、町人でも職人でも、武芸の好きな連中は町道場に通いました。こういう道場には、自分は腕がたつとうぬぼれているのがいまして、町人の半さんもそんな一人です。
「先生、こんちは。きょうは先生に、相談があってまいりました」「おう、半さんか、あらたまって相談とは、なんだい」「ほかでもありませんが、剣術というのは、武者修行をして、他流試合をしないと、腕があがらないと聞いておりますが、ほんとうでしょうか」「その通りだな。わしも、若い時分はよくやったもんだ」「いかがでしょう。あたしも、武者修行にでかけて腕をあげたいんです。きっと先生にご恩がえしをいたしますから……」「それじゃ、商売をやめて、剣術つかいになろうというのかな」「そのように考えております」
「しかし、旅というのは、なかなか苦労が多いものじゃぞ。あたしが武者修行をしてたころの話じゃが、ある時、上州館林のご城下を歩いていた。すると、一軒の造り酒屋の前に人だかりがしていてな、なにやらワイワイ騒いでいる。聞いてみると、まだ宵の口だというのに、そこに泥棒が入り、そいつが抜き身を振りまわして店の者をおどしたあと、土蔵に入りこんだというんだ」「ずうずうしいやつがいたもんですね」「機転がきくものが、外からカギをかけて、中に閉じこめたんだな」「雪隠(せっちん)づめですね」「ところが泥棒は、入ってくる奴がいれば、斬り殺そうと待っている。だからだれも、召し捕ろうとする者がいないという」
見るに見かねて先生は、「しからば拙者がめしとってやろう」といいました。店の亭主にあったかい飯を運ばせ、飯6杯と味噌汁3杯と大福もちを6つ食って腹ごしらえした上、空き俵を二俵用意させ、左手で戸を開けると、右手で俵を中に放りこみました。向こうは腹が減って気が立っているから、俵にぱっと斬りつけたところを、腕をつかんで肩に担ぎ、えい、とばかりに表へ投げ飛ばしました。ただちにめしとって、役人へ引き渡しましたが、実は少しばかりこわかったといいます。
「それにしても先生は、たいした腕前なんですね」「いやいや、泥棒の腕がナマクラだったから幸いしたが、腕が立っていたらどうなったかわからない。おまえも、もう少し腕を磨いてからでないと、なかなか一人前の武芸者にはなれん」「それじゃ、もっとけいこを積まなくちゃ、武者修行は無理なんでしょうか」「うん、まだまだだな。時期がきたら、あたしが許すから、それまで待ちなさい」と、半さんに思い直すようとさとします。
しかし、未練たらたらな半さん、「盗賊を投げとばすなんて、かっこいいなぁ、おれもそういうやつを捕まえたいもんだ」とひとりごとをいいながら歩いていくと、ちょうど、居酒屋の前に人だかりがしています。聞いてみると、侍に酔っぱらいがからんでけんかを吹っかけた。斬るほどのこともないと侍は、峰打ちを食らわせましたが、酔っぱらいがまだしつこくむしゃぶりつく。侍は、めんどうくさいと居酒屋の土蔵に逃げ込んでしまったといいます。
さあ、ここが腕の見せどころ、と半さん。「あのお侍は悪くはないんだから、おまえが出て騒ぎを大きくすることはない」と止められても、聞く耳は持たず、先生の真似をして「しからば拙者が生け捕りにいたしてくれる」と、先生に聞いた通り、主人に炊き立ての飯を出させ、腹ごしらえまでそっくりまねて、いよいよ生け捕りにかかります。俵を持ってこさせると、土蔵の戸を左手で開け、右手で俵を放りこむ。向こうは血迷っているから、ぱっと斬りつけて……とくるはずですが、きません。もう一俵放りこんでも、静かです。「中でどうしているんだろう」といいながら首をにゅっと入れたとたん、侍は半さんのえりをとっつかまえると、肩にかついで、表にたたきつけました。半さん思わず……
「先生、うそばっかり」
「6月7日にあった主なできごと」
1848年 ゴーガン誕生…日本の浮世絵や印象派の絵画を推し進めるうち、西洋文化に幻滅して南太平洋のタヒチ島へ渡り『かぐわしき大地』『イヤ・オラナ・マリア』などの名画を描いたゴーガンが生まれました。
1863年 奇兵隊の結成…長州(山口県)藩士の高杉晋作は、農民、町民などによる「奇兵隊」という軍隊を結成しました。奇兵隊は後に、長州藩による討幕運動の中心となりました。