私の好きな名画・気になる名画 5
もうもうとたちこめる煙を背に、上半身をさらけ出し「自由・平等・博愛」を意味する青・白・赤の三色旗を掲げ、武器をもつ人々を先導する自由の女神。この躍動感あふれる「民衆を導く自由の女神」は、ロマン主義派の代表的画家ドラクロワの代表作で、260×325cm のとても大きな絵です。そして、「フランス革命」を象徴する絵画として教科書にも登場するため、良く知られています。でもこの革命は、バスチューユの監獄に民衆がおしよせた1789年の「フランス革命」ではなく、1830年の「七月革命」を描いた作品です。
フランスは、共和制を確立するにいたるまでに90年近い年月がかかりました。ルイ14世のブルボン王朝を倒した1789年のフランス革命後、第一共和制も長く続かず、ナポレオンが皇帝となって第一帝政が始まり、ナポレオン失脚の後にブルボン王朝が復活しました。ルイ18世に続いて即位したシャルル10世は、報道の自由を制限するなど悪政の限りをつくし、これに反発した市民は怒りを爆発させ、武器を手に蜂起したのが「七月革命」でした。
どちらかというと行動派ではないドラクロワは、この「七月革命」には参加しませんでした。しかし、祖国のために銃を持って戦わなかったかわりに、絵を描くことを決意して、民衆蜂起のありさまを描いたのがこの作品です。フランス国旗の左下、山高帽をかぶって銃を掲げているのがドラクロワ本人だといわれ、ベレー帽の男、幅広ズボン、つなぎの服の人などさまざまな衣服を描くことにより、この革命があらゆる階級や職業の人に支持され、参加していることを表現しました。そして、その中心に「自由の女神」という想像上の神様をすえることによって、聖戦を意味づけたものと思われます。
ドラクロワは、何千点というほどの作品や、デッサンを主とした画帳を60冊も残しています。そして、若い画家に「5階の窓から飛び降りる人を、地面につくまでにスケッチしてしまうくらいの腕がなくては、立派な絵は描けない」というほど、素晴らしい速さで見事な作品を仕上げたようで、この作品の下書きもたくさん残されています。それを見ると、当初「自由の女神」は、正面を向いたり空を見上げたり、さまざまな方向を見ています。最終的に、振り返るように左に顔を向けることにより、絵に大きな広がりを生みだし、男たちを鼓舞する構図となって、完成度の高い名作となったに違いありません。
この絵は、七月革命後にルイ・フィリップを王とする新政府に買い上げられましたが、やがてルイ・フィリップも民衆を弾圧するようになり、絵はリュクサンブール美術館に数か月展示された後倉庫にしまわれ、ドロクロワの手にもどり、第二共和制がはじまった1848年にふたたび展示され、またもどり、政権交代のたびに居場所を変え、ようやくルーブル美術館に常設展示されるようになったのは、1870年「二月革命」により第三共和制がスタートして4年後のことでした。まさに、昆虫が何度も脱皮をくりかえして一人前になるような、フランスの激動する時代を象徴しているようでもあります。
なお最近の調べでは、ドラクロワの父は、ナポレオン執政時代の大使シャルル・ドラクロワですが、実の父親は有名な外交官タレーランであることが明らかになりつつあります。