私の好きな名画・気になる名画 2
ボッティチェリ「プリマベーラ」(春)は、イタリア・フィレンツェの「ウフィツ美術館」にあり、2.03m×3.14m の大きな絵です。フィレンツェは、ルネッサンスが花開いた都市としても有名で、14世紀末から16世紀始めころまで、都市国家フィレンツェの君主として「メディチ家」は隆盛を誇っていました。
この絵の注文主はメディチ家のロレンツォ・イル・マニーフィコ、通称「豪華王」で、この人の時代がメディチ家の黄金時代といわれています。1482年に、豪華王のまたいとこに当たるロレンツィーノの結婚記念に、当時37歳のボッティチェリに依頼したものです。ボッティチェリは精魂こめて制作に取り組み、まさに結婚をたたえる絵による「愛の讃歌」として仕上げました。そのため、季節の春、愛や結婚にまつわるあらゆる要素をとりこんだ [愛の劇場] といった趣です。じつに躍動的で明るく、しかも幻想的で気品に満ちあふれた絵だといってよいでしょう。
中央の舞台にいるのはビーナス。古代ギリシア・ローマ神話の代表的な女性で、愛と美を象徴する女神です。そしてビーナスの右側の3人のグループと、左側の3人の美女のグループに大きく分かれます。
右の3人のグループは、実は2人で、春の風である西風の神ゼフュロスが、大地を表すニンフのクロリスをつかまえようとしています。そして二人は結びつき、クロリスが花の女神フローラに変身する瞬間を描いたところです。クロリスの口からこぼれた花が、フローラの花の模様になっていることでもわかります。「春」の到来は、人生における春「結婚」を意味しているのに違いありません。
左側の手をつなぎあうのは三美神。左から、大きなブローチをして髪や衣装が乱れている「愛欲」、背中を見せ質素な衣装で端正な顔立ちの「純潔」、小さなブローチをつけた「美」はビーナスのに近くにいて、「愛欲」と「純潔」の手をとって統合するようなしぐさをしています。まさに、結婚を暗示しているといってよいでしょう。
左端の男性は、神々の使者であるマーキュリー。翼のついたサンダルをはき、右手に2匹のヘビのからみついた杖を持っています。2匹の争うヘビをこの杖で引き離したということで平和を象徴し、ビーナスの庭に侵入する雲を払っていると解釈する説が有力です。
ビーナスの上で目隠しをして[愛の矢]を射ようとしているキューピッドは、三美神のうち、まだ愛を知らない「純潔」の心臓をねらうことで、これも「結婚」を暗示しています。
私はこの絵に2度対面しています。1998年と2001年のイタリア周遊旅行でフィレンツェを訪れた時でしたが、2001年の時は妻と同行しました。妻は「美術館としては、パリのオルセー美術館が一番好きだけど、好きな絵を1枚あげろといわれれば、この [春] だわ」とよく口にしていました。
妻は亡くなる前に小金井市にある「桜町病院」のホスピスに90日間お世話になりましたが、2004年6月、はじめてホスピス棟を訪れたとき、ホスピスの玄関上の壁面に、この「春」の原寸大の複製画が飾ってあるのに気がつきました。検査入院ですぐ家に帰るつもりだったのが、ホスピタリティあふれる医師や看護師の人たち、リゾートホテルとみまがうばかりの環境に大感激し、ここを訪れるまでは自宅で逝きたいといっていた前言を取り消したのには、この絵の存在もあったのかもしれません。