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宝島

1987年に刊行した英国レディバード社とのタイアップ企画第3弾、「レディバードブックス特選100点セット」のうち、主な作品の内容を紹介してみよう。今回は、イギリスの作家ロバート・ルイス・スチィーブンソン(1850−1894)が1883年に発表した「宝島」。手に汗握る波乱万丈の長編小説。

●「宝島」のあらすじ

宝島1ジム・ホーキンス少年は、ある時ふとしたことから、海賊フリントの財宝を隠した島の地図を手に入れた。知り合いの医者リブゼイと弁護士トレローニに見せると、トレローニは船を準備し、スモレット船長と集めた20人ほどの船乗りたちといっしょに、ブリストルからヒスパニオラ号に乗って、宝探しにでかけることになった。船乗りの中に、1本足で松葉杖を上手に使って飛び回る料理人のシルバーがいた。

宝島2ジムはある日、シルバーが海賊の首領で一味は19人、味方が水夫たちをふくめ7人であることを知った。シルバーたちは、宝物を手にいれたら敵を皆殺しにして船をのっとる相談をしていたのだ。ジムはすぐにこのことを、リブゼイやトレローニたちに話し、みんなで海賊たちと戦う決意をする。

宝島3船は島に着き、ジムはしげみに隠れてシルバーの様子をうかがっていたとき、水夫のひとりを仲間にさそった。水夫が拒絶したところ、シルバーはナイフで水夫を殺した。ジムは恐ろしさで気が遠くなった。ジムは逃げるように島のあちこちを歩いていると、ベン・ガンという名の動物か人間かわからないような男にであう。話を聞くと、もとシルバーたちの仲間で、3年前にシルバーたちをこの島に連れてきて宝物を探したが見つからず、ひとり置き去りにされたのだという。ジムがこの島にきたわけを話すと、ベン・ガンも喜んで味方になると約束した。

宝島4大砲の音が聞こえ、とりでにこもったリブゼイたちと、海賊たちとの戦いがはじまったが、シルバーはひみつの地図がなくてははじまらない。よく日シルバーは仲直りをして宝物を山分けしようと申し出てきたが、リブゼイはこれを拒否した。ジムはこっそりボートに乗り、海賊たちが残っている船のいかりをきった。しかし、運悪くシルバーたちにとらえられてしまう。

宝島5心配したリブゼイたちはシルバーと仲直りし、地図をもとに宝を見つけにいったが、すでに宝はなくなっていた。あのベン・ガンが先に見つけて自分の洞窟へ運びだしていたのだ。ベン・ガンの洞窟でやっと手にした宝物を積んで、一行は帰国の途についた。途中でシルバーはわずかの宝をもらって姿を消したという。

宝島6ブリストルの港にもどって、宝物はみんなで分けた。ベン・ガンにも分けられたが、1ヶ月足らずで使い果たし、弁護士が仕事をみつけてくれた。ジムは、恐ろしかった宝島の冒険を思い出し、いつまでも夢で時々うなされた。

投稿日:2006年01月23日(月) 09:20

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)