1987年に刊行した英国レディバード社とのタイアップ企画第3弾、「レディバードブックス特選100点セット」のうち、フランスの作家ジュール・ベルヌ(18428-1905)の「80日間世界一周」の第2回目。
●「80日間世界一周」全文 その2
8時に、2人は出かける用意ができました。フォッグは、世界の船と鉄道の時刻表を持ってきました。バッグの中に、フォッグは銀行紙幣の厚い束をすべりこませました。
「このバッグには、よく気をつけるのだよ」 フォッグはパスパルトゥーに話しました。「その中には、2万ポンド入っているのだからね」
駅で、フォッグはパリ行きの2枚の切符を買いました。リフォームクラブの仲間たちが、フォッグを見送るために待っていました。
「みなさん」 フォッグは言いました 「私がもどってきたとき、パスポートを調べていただいて結構です。私が通ってきた国々のスタンプをお見せすることができるはずです。スタンプは、私が世界をひと周りしてきたことを証明してくれるでしょう。私たちは、12月21日土曜日の夕方8時45分にふたたびお目にかかりましょう」
汽車は煙をぽっとはいて、駅を出発しました。だまってすみの席にすわったフィリアス・フォッグと、バッグをかかえたパスパルトゥーは、陰うつな暗い夜の闇のなかを出発しました。
フィリアス・フォッグの賭けのニュースは、野火のように広がりました。
フォッグの写真はあらゆる新聞に載り、人びとは少しばかり余計なことも話しました。ある人は、フォッグが刺激的な冒険にがんじがらめになるだろうと思い、ある人は頭をふりながら、フォッグは気違いにちがいないと言いました。
フォッグとパスパルトゥーは、パリからイタリアまで旅行しました。そこで2人は、インドの西海岸にあるボンベイまで行くことになっている、モンゴリア号という汽船に乗りました。
スエズで、パスパルトゥーは、パスポートを持って上陸しました。船の近くに立っていた見知らぬ男が、パスパルトゥーをじっと見ていました。
「どうかしましたか」 見知らぬ男がパスパルトゥーにたずねました。
「私はこのパスポートに、スタンプをおしてもらいたいんです」 パスパルトゥーは男に話しました。「領事館の事務所までの道を教えてくれませんでしょうか」
見知らぬ男の鋭い目が、しっかりパスポートを調べました。男は、そこにあるフィリアス・フォッグの写真をみつめました。
「これは、あなたのパスポートではありませんな」 男はいいました。「パスポートの持主が、陸にあがって自分で事務所まで行かなくてはなりませんよ」
「そいつは、主人には面白くないことですね」 と、パスパルトゥーは言いました。彼は、フィリアス・フォッグをみつけるために甲板へいそいでもどりました。
見知らぬ男は、領事館の事務室にいそぎました。
「閣下!」 男は、領事に話しました 「私の名前はフィックスといいます。
ロンドン警視庁に所属していて、ここに送られてきた刑事です。我々は例の銀行泥棒を探しています。私は泥棒が、スエズにたった今着いたと確信しております。私が男の逮捕状をもらうまで、彼をここにとどめてもらうわけにはいきませんでしょうか」
「そんなことはできません」 領事は言いました。「もし、その男のパスポートが適正であれば、ここにとどめておくことなんてできませんからな」
フィリアス・フォッグが、事務所の中に入ってきました。領事がパスポートにスタンプを押す間、フィックス刑事はフォッグをじっと観察しました。この男に間違いない、フィックス刑事は確信しました。フォッグを見失ってはならない。船がボンベイにむけて出航する前に、ロンドンに電報を打たなくてはなるまい。
その日の夕方、1通の電報がロンドン警視庁につきました。
「スエズ発 ロンドンロンドン警視庁へ
銀行泥棒 フィリアス・フォッグを発見
ボンベイまで逮捕状を送れ フィックス刑事」
まもなく新聞は、不思議な男フィリアス・フォッグの話をたくさん載せました。リフォームクラブでも、他のメンバーは、注意深くフォッグの写真を調べました。それは確かに銀行泥棒の人相書きとよく似ていました。フォッグ氏の世界旅行は、警察からの追跡を逃れるために投じられたトリックそのものでした。英雄であるかわりにフォッグは今や、おたずねものの銀行泥棒でした!
モンゴリア号の航海中、フィリアス・フォッグは、トランプ遊びをしていました。フィックス刑事もまた乗船しました、そしてパスパルトゥーは、ふたたびフィックスに会えて喜びました。パスパルトゥーは、フィックスに彼の金持の主人と世界一周旅行について、すべて話しました。召使がフィックスに話したあらゆることで、フィックスは、フォッグが銀行泥棒であるという確信をいっそう深めました。もちろん、フィックスが彼の主人を捕えようとしている刑事であるということは、パスパルトゥーの貧しい頭には捉えきれませんでした。
一行がボンベイに着いたとき、ボンベイからカルカッタまでインドを横断する長い旅の列車が出発するまでに、3時間の余裕がありました。パスパルトゥーは、ボンベイの町の探索に出かけました。パスパルトゥーは、ある寺院の中に入りました。3人の怒った坊さんがパスパルトゥーを投げとばしました、パスパルトゥーが、靴をぬがずに寺の中に入ったからでした。パスパルトゥーは、勇敢にも坊さんと戦い、逃げもどりました。鉄道の駅で、パスパルトゥーはフォッグにいさかいのことを話しました。
フォッグの逮捕状を待ちつづけているフィックス刑事は、2人を監視し、聞き耳をたてていました。
「もしわしが、寺院に入っていさかいをおこしたパスパルトゥーを監獄にぶちこむことができたなら」 フィックスは考えました 「フォッグは、パスパルトゥーが自由な身になるまで待たなくてはなるまい。そうすれば、逮捕状が届いてあの男を捕えられる」
列車は、フィックスを残したまま出発しました。フィックスには、パスパルトゥーを捕らえる仕事があったからです。
インドを横断する列車は、どんどん走りました。それから、突然警告もなく止まりました、そして、びっくりしている乗客たちは降りるように言われました。
「見てください、ご主人!」 パスパルトゥーが叫びました。「これ以上線路がありません!」