1987年に刊行した英国レディバード社とのタイアップ企画第3弾、「レディバードブックス特選100点セット」のうち、フランスの作家ジュール・ベルヌ(18428-1905)の「80日間世界一周」の第7回目。
●「80日間世界一周」全文 その7
長くて寒い夜でした。雪でおおわれ、凍りついたこの地に太陽がのぼるころ、銃声がきこえました。そして、ついに行進する男たちの一群があらわれたのです。フィリアス・フォッグが、いなくなった乗客と兵隊たちの先頭に立っていました。まもなくアウダは、フォッグとパスパルトゥーに再会できたのです。彼女はフォッグがスー族と戦いぬいて、どのようにパスパルトゥーと乗客を捜し出したか聞きました。勇敢なパスパルトゥーは素手で3人のインディアンをなぐり倒したのでした。
フォッグは列車が彼らをおいて出発してしまったことに怒りました。
「24時間の遅れだ」 と、彼は言いました。「私は12月11日にニューヨークにいなければならない。汽船がそこから、その夜の9時にリバプールに向けて出航することになっているのだ」
そばに立っていた1人の男がこの話をききました。彼は、大きな帆とハガネのすべりで走る帆走そりで目的地まで連れていってあげよう、と申し出ました。フォッグは喜んで頼むことにしました、そしてすぐに氷まじりの風がフィックスを含む一行を、飛ぶように凍てつく雪の上を通って運んでいきました。
一行は、ニューヨーク行きの列車が駅で待っている町へとやってきました。彼らは乗りこみ、フォッグは運転手に話しかけ、「全速力で前進」 と命令させました。平原と町々がみるみるすぎていきました。12月11日の夜11時すぎに、列車はニューヨークに到着しました。しかしおそすぎました。リバプール行きの汽船はもう出てしまったあとだったのです。
負けてたまるかと決意して、フォッグは波止場へ急ぎました。そこで、彼はちょうど出航しようとしている小さな貨物船をみつけました。
「どこまで行くのです?」 彼は船長にたずねました。
「フランスのボルドーさ」 というのが答でした。
「私と3人の友人をリバプールへ連れていってくれたら、たんとはずむがね」 フォッグは言いました。
「わしはボルドーに行くのだ」 船長は言いはりました。「そこへなら連れていくさ」
「わかった」 フォッグは承知しました。
1時間後、フォッグと彼の友人は、フィックスも加えてニューヨークから出港したのです。しかし、フォッグはフランスへ行くつもりはありませんでした。 彼には計画がありました。密かに彼は船乗りたちにその計画を話し、お金をはずんでおきました。まず彼は船長を船室に閉じこめました。そうして自分が船の指揮をとるようにしたのです。
すべてがうまく運んだように思われたとき、強風が吹きはじめました。フォッグは帆をおろすようにと命じました。スピードを保つために、かまどにどんどん石炭がくべられました。どす黒い空の下で、巨大な波がこの小さな船をおそってきました。ロンドンに到着せねばならない5日前、フィリアス・フォッグは、いまだ大西洋のまん中にいたのでした。そこへ船の機関士が悪い知らせを持ってきました。
「石炭がもうほとんどありません」 あえぎながら彼は言いました。「減速しなくてはいけません」
「今はだめだ」 フォッグは答えました。「全速力で進むのだ」 それから彼は、船長をブリッジ (船長の指揮する場所) まで連れてくるように命令しました。船長は鎖をはずされたトラのようにかんかんに怒っていました。
「海賊め!」 彼はどなりました。「わしの船をぶんどったな!」
「ぶんどった?」 フォッグは言いました。「私はこの船を買いたいのですよ」
「売るものか!」 船長は声をとどろかせて言いました。
「だが燃やさなくてはならないのだ!」 フォッグは続けました。
「燃やすだと!」 船長はあえいで言いました。「この船は5万ドルの値うちがあるのだぞ!」
「では6万ドルだしましょう」 フォッグは落ち着いて言いました。それは船長には断れない取引でした。彼は承諾し、この小さな船が全速力で進むように仲間に加わりました。石炭がなくなったとき、彼らは甲板をはぎとり、その木を燃やしました。燃えるものは、すべてかまどの燃料にされました。
12月20日の夕方、彼らはアイルランドの南に来ていました。
今や、フィリアス・フォッグがロンドンに着いて賭けに勝つのに24時間しか残されていません。彼らがコーク港に上陸すると、急行列車がリバプール行きの船の出るダブリンへと彼らを乗せていきました。