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幸福の王子他 4

1987年に刊行した英国レディバード社とのタイアップ企画第3弾、「レディバードブックス特選100点セット」のうち、作品内容を紹介してみよう。今回は、アイルランドの作家オスカー・ワイルド(1856-1900)「幸福の王子他」の最終回。


● 「幸福の王子」全文4


幸福王子7


毎日どんどん寒くなり、ツバメは王子に、彼の兄弟たちがいる暖かい地方のことをすべて話しました。話していれば、ツバメはそんなに寒さを感じませんでした。でも王子は、ツバメに町の上を飛んでもらい、何を見たかを話してもらいたがりました。お金持ちが住んでいる大きな家もありましたが、貧しい人たちが住んでいる汚い小屋のある暗い路地は、もっとたくさんありました。そこに住む子どもたちは、あまりたくさん食べられないので、細くて青白い顔をしていました。ある日ツバメは、2人の小さな男の子が橋の下に横たわり、お互い暖め合っているのをみつけました。そこへ警官がやってきて、2人に家へ帰るように言いました−警官は、2人の男の子には帰るべき家がないことを知らなかったのです。2人はただ立ち上がって、雨の降る中へ、手をとりあって出ていきました。
王子はこれをきくと、とても悲しくなりました。「私には、もう宝石は残っていないのだ」彼は言いました 「でも服は金でできている。私の服から少しはぎ取って、そのかわいそうな子どもたちに持っていってくれないか」
毎日、ツバメは助けが必要な人たちをみつけ、まもなく王子の服の金は、全部人びとに与えられてしまいました。王子は柱の上で、灰色に、みすぼらしくなってしまいましたが、子どもたちの顔はもう青白くありませんでした−頬は赤みがさし、細い手足はまるまるとしてきていました。子どもたちは路地で遊ぶようになり、ものごいをしなくてもすむようになったのです。
それから、雪が降りはじめました。かわいそうにツバメは、だんだん冷たくなっていきましたが、王子のそばを離れようとはしませんでした。とうとうツバメは、死ぬときがきたことを知りました。「さようなら、いとしい王子様」 ツバメは像の足もとにたおれながらささやきました。
「さようなら」 王子は答えました。そして彼の中で何かがこわれました。
それは、彼の心臓でした。


幸福王子8


次の日、市長と町の議員が柱のそばを通りかかり、像を見上げました。
「なんてこった! 王子はなんてみすぼらしくなってしまったのだ!」 彼らはさけびました。「宝石は全部なくなっているようだし、金の服も誰かが盗んでいったらしい」
「それに見てください! 足もとにはきたならしい鳥の死骸までありますよ!
このまま放っておけないじゃないですか! すぐに捨てなくては!」
「像を降ろした方がいいな」 もう1人の議員が言いました。「かわりにもっといいのをのせよう。今度は誰の像をのせようか?」
「むろん、私のだ」 市長が言いました。
そこで、王子の像は降ろされ、新しい像を作るために、なまりは溶かされました。ところが、作業員が中にこわれた心臓をみつけたのですが、これが溶けないのです。そこで彼らは、これをゴミの山の上に投げ出しておきました。そこには、死んだ小さなツバメもいたのです。
その夜、神様は天使たちに、「この町でもっとも貴重なものを2つ持ってきなさい」 と言いました。
天使たちは神様のところへ、こわれた心臓と死んだツバメを持ってきました。そこで神様はこう言いました 「おまえたちは正しい。これで、この小鳥は天国でいつも歌い、幸福の王子は、永遠に私の名をたたえるであろう」

投稿日:2006年02月09日(木) 09:17

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)