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つづら泥

「おもしろ古典落語」の115回目は、『つづら泥(どろ)』というお笑いの一席をお楽しみください。

「おーい、与太。つづらなんぞしょって、どこへ行こうってんだ」「あー、兄ぃ、なにやってもうまくいかねぇから、心いれかえて、泥棒にでもなろうとおもってるんだ」「ばかっ、そんなでけぇ声だして、泥棒なんていうやつがあるか。それに、泥棒なんて、あんまりいい考えじゃねぇぞ」「いやぁ、人の者を盗むんじゃなくて、自分のものを盗むんだから、べつに悪いことじゃねぇだろ?」「へんなことをいうな、どういうことだ」「ほら、あの裏通りに、伊勢屋って質屋があるだろ。あそこの蔵に、おれの着物なんぞがどっさりへぇってるんだ。あすこのおやじが因業(いんごう)で、いくら出してくれってたのんでも、出してくんねぇ」「そんなこたぁねぇだろ、元金と利息はちゃんと持ってったのか」「そんなもの、持ってかねぇ」「ばかったれ、質屋ってのは、お客さまに金を貸すかわりに、質ぐさとして品物をあずかるんだ。金を返さなきゃ、品物を返してくれるわけねぇ」「そうかねぇ、だからたちがよくねぇ」「ほんとにおめぇってやつは、貧乏な上に、間がぬけてんだから、かみさんが苦労するわけだ」「だから、かみさんを喜ばせようと、こうやって、つづらをしょって、とりかえしにいくとこだ」「でもな、あそこの戸じまりはきびしいぞ。どうやってへぇるんだ?」「あれっ、しまりなんかしてあんのか?」「あたりめぇだ。泥棒がへぇるだろ」「おれんちなんか、しまりなんかしてねぇけど、泥棒なんかへぇらねぇ」「おめぇんちには、とられるものなんか、なんにもねぇだろ。……しかしなんだな、与太」「なんだい、兄ぃ、きゅうに声が小さくなったな」

「大きな声じゃいえねぇけど、じつはおれもあの質屋に預けものがあるんだ。おめぇがいくんなら、いっしょにいこう」「そりゃありがてぇ、ふたりのほうがにぎやかでいい」「泥棒に入るのに、にぎやかなのを喜ぶやつがあるか」「でも、兄ぃ、どうやってへぇるんだ?」「いい考えを思いついた。こうしよう」「それがいい」「まだなにもいってねぇ」「どうりできこえねぇ」「くだらねぇこというな。いいか、与太、そのつづらをな、伊勢屋のおもてにおいて、大きな声でどなるんだ」「あけまして、おめでとう!」「こらっ、いま時分、年始にいくやつがあるか。いいか、『伊勢屋さん、伊勢屋さん、お宅に泥棒が入りましたよ』っていうんだ。するてぇと、店のもんが、出てくるだろう。出てくる前に、おめえとおれが、つづらの中に隠れるんだ」「かくれんぼするのか?」「よけいなこといわずに聞け。店の連中が『おや、ここにつづらが落ちている。持っていかれなくてよかった。早く家へしまえ』って、つづらを店ん中へ運びこむだろ」「なるほど」「だから、夜中になって、おれとおめぇの品物をとりかえして、このつづらの中へ入れて、戸をあけて出てくるんだ」「あっ、そうか。じゃぁ、泥棒に入るんじゃなくて、入れてもらうのか。こりゃ、かんたんだ」こう相談がまとまると、ふたりは、伊勢屋をめざし、暗くなりはじめた道を急ぎました。

やがて伊勢屋では、泥棒が入ったという声に、店じゅう大騒ぎ。みんな表へ飛び出してきましたが、いちばんしっかりしているのは、やはり伊勢屋のご主人です。「番頭さん、よく調べなさいよ、蔵はだいじょうぶか、……なんともない? そりゃよかった。人さまの品物をお預かりしているのだから、まちがいがあっちゃいけませんよ。なにか、ほかに変わったことはないかい?」「旦那さま、あそこに大きなつづらが置いてございますが…」「大きなつづらだな。こりゃ、お客さんからの預かりものかい?」「いいえ」「ああ、そうか、泥棒がどっかから盗んできたのだろう。さわがれたんで置いてったにちがいない。どこかにしるしはないかい?」「ありました。丸に柏の紋がついて、大与としてあります」「大与……そうだ、そいつは、大工の与太郎のものだ。まぬけな泥棒がいたもんだ。与太郎の家に入って、なにも盗むものがないから、こんなつづらをとってきたのだろう。うちの店の前にきたときだれかに見つかって、あわてて置いて、逃げちまったんだな」「どうしましょう」「こんなものでも、与太郎にとっちゃ、大事なものだろう。小僧たちを連れて、与太郎の家にとどけなさい」伊勢屋の番頭は、主人にいわれた通り小僧をふたりつれて、重たいつづらをやっこらかついで、与太郎の家に届け、おかみさんに渡して帰りました。いっぽう、つづらの中のふたりは、ゆられてぐっすり眠ったために、与太郎の家へ連れてこられたなんて気づきません。

「おい、与太」「グウ、グウ」「このやろう、いびきで返事してやがる。おい、起きろ」「いてぇな、横っ腹けとばさないでおくれよ」「おい、ねぼけるな、ここはつづらん中だ」「あっ、そうか」「しっ、静かにしろ。うまくいったぞ。夜もだいぶふけたようだから、そろそろ仕事にかかろう」「仕事? なんだっけ」「泥棒の仕事だろ」「そうだ、泥棒だ」「しっ、でかい声出すな。ここは伊勢屋の中だぞ。つづらのふたを、そーっと開けて……どうだ、だれもいねぇか?」「うん、こりゃきたねぇ家だな。兄ぃなんだかおれの家に似てるな」「金持ちってぇのは、おもてがまえばっかりりっぱでも、家ん中へ入ると、こんなもんなんだ。さぁ、おまえとおれのものを、早くつづらにしまえ」「あれっ、兄ぃ、この半てん、おれのだよ。たった一枚しかない半てん、うちのかみさん、もう質に入れちまいやがった」「いいから、早くつづらにしまえ」「うん、兄ぃ、この戸をあけてみようか。蔵があるかもしれないよ…、あっ、こりゃ押入れだ」「なにかあるか?」「あれれっ、こりゃおれのねまきに、枕だ。枕なんぞ質に入れやがって、おれを寝かせないつもりだな」「伊勢屋もへんなものを、質にとりゃがったな。いいから、つづらへ入れろ」「おやおや、蔵ん中かと思ったら、すぐ隣は、台所だ。あっ、おかまがあった。あれっ、ごはんが入ってる。ちきしょう、おれにめしを食わせねぇ気だな。兄ぃ、これ、うちのおかま」「泣き声なんかだすな。つづらにしまえ」「なべもある。ありゃ、中身はとうふのおみおつけだ。今朝飲んだから、おぼえてらぁ」「もっと金めのものはねぇのか?」「包丁があるよ」「包丁?」…ガタガタやいやいやってるうちに、与太郎のおかみさんが眼をさましました。「うるさいねぇ、なんだいおまえさん、いまごろ台所で、なにしてるんだい」

「いけねぇ、うちのかみさんまで、質にとりゃがった」


「4月19日にあった主なできごと」

1775年 アメリカ独立戦争…イギリスの支配から独立するため、アメリカが8年以上にわたって民主主義革命をなしとげた戦争を開始しました。

1824年 バイロン死去…ヨーロッパじゅうがゆれ動き、混乱していた19世紀の初めに、ロマン派の代表的な詩人として活躍しイギリス最大の詩人のひとりといわれるバイロンが亡くなりました。

1882年 ダーウイン死去…イギリスの博物学者で、生物はみな時間とともに下等なものから高等なものに進化するという「進化論」に「自然淘汰説」という新しい学説をとなえたダーウィンが亡くなりました。

投稿日:2013年04月19日(金) 05:37

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)