「おもしろ古典落語」の106回目は、『鶴(つる)』というお笑いの一席をお楽しみください。
「こんちは、ご隠居さん」「ああ、八つぁんかい。おあがり」「おや? 床の間の掛けものが、変わりましたね」「ああ、これね。谷文晁(たにぶんちょう)という人の描いた鶴だ」「文鳥が鶴をかいたんですかい?」「妙なことをいいなさんな。谷文晁といって、円山応挙、狩野探幽とともに江戸時代の三大家といわれた人だ」「鶴ってぇのは、どうしてこんなに首がながいんでしょうかね」「八っぁんは、本居宣長(もとおりのりなが)っていう人を知ってるかね」「会えば、わかるかもしれません」「こいつは、おそれいったな。遠い昔の国学者だ。この人の書いた本に載ってるのだが、昔は、鶴といわずに『首長鳥』といったそうだ」「首長鳥? それがどうして鶴になったんです?」
「そのことが、本に書いてある。ある日、白髪の老人が、浜辺に立って沖を見ていた。すると、一羽のオスの首長鳥が、ツーッと飛んできて浜辺の松の枝にひょいと止まった。そのあとから、メスの首長鳥がルーッと飛んで、同じ松にひょいと止まった。それから、その鳥はツールー、鶴、とよばれるようになったとな」「なるほど、そいつはおもしろいな。あたしもやってみます」「よしたほうがいいよ。いくら宣長の本にあるったって、あまりにばかばかしい。ばかばかしすぎて、かえって忘れられなくなったくらいなんだから」
「辰兄ぃ、いる?」「ああ、八か。どうかしたか」「鶴って鳥を知ってるだろ」「知ってるよ、子どもだって知ってらぁ」「ところが、昔は鶴とはいわなかった」「へぇ、そうかい。じゃ、なんてったんだ」「首長鳥っていわれてましてね」「ああ、そうかい」「どうして首長鳥は、鶴になったのでしょう?」「どうでもいいよ」「いいよってことはないでしょ、わざわざ来たんだから」「じゃ、どういうわけなんだ」「そうこなくちゃね。昔、百八っつの老人がいた」「そんな年寄りがいたのか?」「いたんだ。女房にも、子にも孫にも先立たれて、寂しさのあまり、浜辺へやってきた」「身投げでもしようってのか」「そうじゃない、沖を見てた。するてーと、沖のほうから、オスの首長鳥が、飛んできた」「どうして、オスとわかった?」「あいさつしたんだ、オッスって」「ばかばかしい」「そのオスの首長鳥が、スーッとやってくると、浜辺の松の枝にひょいと止まった」「うん」「すると、今度は、メスの首長鳥が、スーッと飛んできて、同じ松の枝にひょいと止まった。それから、スースー? あれれ……」「ツルにならねぇじゃねぇか」「(ベソをかきながら)どうしたんでしょう。また来ます」
あんまりあわてたせいで、話の内容を忘れて失敗した八つぁんは、また隠居のところにもどって、もう一度由来を教えてもらいます。「しっかり覚えるんだよ。昔、白髪の老人が浜辺に立って、沖を見ていた」「あれっ、白髪ですか。あっしは、百八っつ、除夜の鐘って覚えちゃった」「変な覚え方をしたな。…一羽のオスの首長鳥が、ツーッと飛んできて浜辺の松の枝にひょいと止まった」「ああ、そうだ、ツーッだよ。あたしはスーッとやったもんで、わかんなくなっちまったんだ。ありがとうございました」
「辰兄ぃ!」「なんだ、また来たのか」「どうして、首長鳥がツルになったかというとね」「また始まったな」「ある日、白髪の老人が、浜辺に立って沖を見ていた。すると、一羽のオスの首長鳥が、ツーッと飛んできて浜辺の松の枝に、ルーと止まった」「なるほど、さっきとは、ちょっと違うな」「そのあと、メスが……ウ・ウ・ウッ」「うなってねぇで、どうした?」
「だまって、飛んで来た!」
「2月15日にあった主なできごと」
1564年 ガリレオ誕生…イタリアの物理学者・天文学者で、振子の等時性や落下の法則などを発見するなど、近代科学の父といわれるガリレオが生まれました。
1618年 河村瑞賢誕生…江戸の大火事の際、木曾の材木を買い占めて巨富を得、事業家として成功した河村瑞賢が生まれたといわれる日です。瑞賢は、東回り航路や西回り航路を整え、流通経済を発展させたことなどで知られています。
1877年 西南戦争はじまる…西郷隆盛は、私塾の生徒や明治新政府への不満をいだく士族ら1万数千人を率いて鹿児島を出発、熊本城を包囲しました。この乱は、「西南戦争」または「西南の役」などとよばれるわが国最後の内乱でした。戦争は9月24日まで続き、城山に籠城していた西郷らの切腹で終わりました。