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穴どろ

「おもしろ古典落語」の98回目は、『穴(あな)どろ』というお笑いの一席をお楽しみください。

「おい、いま帰った」「いままでどこをほっつき歩いてたんだよ、お金はできたのかい?」「あいにくだ」「そんなことだろうと思ったよ。お金の算段もできないくせに、また飲んだとみえて、赤い顔をしてよく帰れたもんだ。で、お店(たな)へは行ったのかい」「うん、行ったらな、番頭さんが『この前用立てたのもそれっきりになってるのに、どの面さげてそんなこといってきた』っていうから、ふだんの面してまいりましたっていったら、おれの面をつくづく見て感心してた」「ばかだね、あきれかえったんだよ。いいかげんにおしよ、年末(くれ)も近いってのにどうするのさ、たった3両じゃないか」「たったもすわったも、できねぇことにはしょうがねぇ」「だらしがないね、3両ばかりのお金ができないようなら、豆腐の角に頭をぶっつけて死んでおしまい」「なにをぬかしやがる。てめぇは豆腐の角に頭をぶっつけて死ねるか?」「おまえのようないくじのない人間は、そんな死にようをするんだよ。グズグズいってないで、どこへでも行ってでも、3両をこしらえておいで」

おかみさんに叱られて、根はいい人間ですから、また2、3軒まわって頼んでみましたがことわられ、他にどこかで借りるあてはないかと思案しながら歩いているうち、日もとっぷり暮れてきました。吾妻橋をわたって花川戸の河岸のとてもさびしいところに、りっぱ黒塀をめぐらした商家がありました。その木戸が開くようなので、物かげで、そうーっとようすを見ていますと、店の若い衆が二人で出かけるようです。

(なんだ、主人に内緒で遊びにでかける気だな、遊ぶ金があったら、3両ばかりおれに貸してくれりゃいいが、見ず知らずのおれにゃ、貸してはくれめぇな。おや、今出てった木戸のしまりがしてねぇようだな) ちょっと、手で押すと、ギーッと戸が開きました。中へそっと入ってみるとそう広い庭ではありません。雨戸の端のほうが少し開いているのは、いま若い衆が出てきたところのようです。こっそり上がって廊下づたいにやってまいりまして、居間らしい座敷の襖をあけますと、なにかおめでたいことでもあったのか、食べ物や徳利が、お膳の上に置いてあります。この男、腹がへってる上に酒好きですから、徳利を見るとたまりません。徳利をふってみると、まだたっぷり残っているのが4、5本もあります。これはありがたいとばかりに、そばにあった湯呑みについで飲み、すっかりいい気持になりました。するとそこへ、赤ちゃんがチョロチョロ入ってきました。

「あら、坊っちゃんですか。お可愛いことで、おじちゃんはね、いま入った泥棒ですよ。わかりますか? わかりますまいな……へへへ、うまうまですか、あげましょう、あげましょう。ほら、あーんとお口を開いて、おとと、お刺身ですよ、おいしい? よかったね。あんよはできますか、あはは、あんよはおじょうず、ころぶはおへた……」と、子どもの手をとると、自分は後ずさりしながらいっしょに歩きはじめました。ところが、ここの座敷の外が板の間になっていて、そこに穴倉が切ってありました。間のわるい時はしかたがないもんで、その穴倉のふたが少しずれていて開いたからたまりません。ばったり尻もちをついたとおもうと、そんなに深くはありませんが、中にどーんと「わぁー、こりゃ驚いた。なんだい、ここは湯屋か? 水がたまって冷たいなこりゃ…、おーい、番頭さん、もっと熱くしておくれ」このとき、子どもを探しながら、この家のご主人が、奥の座敷からでてきました。

「どこへ行ったのかな、坊やがいませんよ……、おや、こんなところにいた。なに? おじちゃんがどうしたって? おじちゃんてだれだい」「おーい、冷たくってしょうがねぇ、だれかきてくれーっ」「おやっ、だれか穴倉へ落ちたやつがいる。穴倉にいるのは、だれだ。金か?」「なんだと、おらぁ金なんかじゃねぇぞ、べらぼうめ」「それじゃ、だれだ? 酔っぱらっていばってやがるのは」「だれだもくそもあるもんか、おらぁ、今夜へぇった泥棒だ」「なに? 泥棒だと? たいへんだ、泥棒が穴倉へ落ちた!」とわめいたので、家じゅうがひっくりかえるような騒ぎになりました。

そのうち、気のきいた者が、鳶頭(とびがしら)のところへかけつけますと、あいにく頭が留守で、代わりにやってきたのが、彫り物だらけの威勢のいい男です。「あっしは力が5人力ありまして、すもうなんぞとったって負けたことがございません。泥棒なんぞ、つかまえて、ひねりつぶしてごらんにいれます。どこにおります? その泥棒ってぇのは」「穴倉ん中に落っこってるんだ」「穴倉? こりゃ、困ったな。穴倉へ下りるってのは危ないな。だんな、出直してまいります」「おまえさん、たいそう強いことをいったんだから、どうかつかまえておくれよ」「そうでござんすか。やい、やい、泥棒! あがってこい」「なにいってやがる。おれがいつ、てめぇんとこのものを盗んだ! ふざけるない。どんな強い奴だか知らねぇが、おりてきてみやがれ、こっちはやけくそだ、向こうずねだろうと、土手っ腹だと食らいついてやるからな」「こりゃ、旦那、危のうございます」「おまえさんは5人力あるんじゃないか。なにも泥棒に縄をひっつかまえて、突き出すっていうわけじゃない。ただ、穴倉から引きあげてくれりゃいい。どうだい、1両あげるから、なんとかしておくれ」「へぇへぇ…、やい、やい、上がってこい。上がってこなけりゃ、おれが下りてって、てめぇの頭をふんずけてやるからな」「おりてきてみろ、てめぇの股ぐらに食いついてやる」「こりゃ、困りましたな。酔ってるから、しまつにおえねぇ」「それじゃ、2両あげるから、なんとか引っぱりあげておくれ」「いえいえ、金なんぞどうでもようがすがね…、つまらねぇこといわねぇで、さっさとあがれ」「なにをぬかすか、おりてきてみろ、てめぇの足と足を持って、ぴりっとひっ裂いてやるぞ」「いやな奴だな…、旦那、どうもいけません。、用事を思い出したんで、ちょっと家に行ってきますから」「困るな、どうも。じゃ、おまえさんに3両あげよう、3両だ」

すると、穴の中から「なに? 3両? 3両なら、おれのほうからあがっていく」


「12月14日にあった主なできごと」

1702年 赤穂浪士の討ち入り…赤穂藩(兵庫県)の藩主だった浅野長矩(ながのり)が、江戸城の松の廊下で、吉良義央(よしなか)に侮辱を受けたために斬りかかった前年3月の事件で、浅野は切腹、藩はとりつぶしになったのに対し、吉良には何のとがめもありませんでした。この日の深夜、浅野の元家臣だった大石良雄ら赤穂浪士46名は、吉良邸に討ち入り、主君のあだを討ちました。浪士たちは翌年2月切腹を命じられましたが、人びとは浪士たちの行動に拍手かっさいし、『忠臣蔵』として今も芝居やドラマになって、語り継がれています。

1799年 ワシントン死去…イギリスからの独立戦争で総司令官として活躍し、アメリカ合衆国初代大統領となったワシントンが亡くなりました。

2003年 フセイン大統領の身柄確保…アメリカ軍は、イラク戦争で民家に隠れていたイラクの元大統領サダム・フセインの身柄を確保しました。裁判の結果死刑が確定し、3年後の12月30日に亡くなりました。

投稿日:2012年12月14日(金) 05:08

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)