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うどん屋

「おもしろ古典落語」の97回目は、『うどん屋(や)』というお笑いの一席をお楽しみください。

ある寒い夜、屋台の鍋焼きうどん屋が「なーべやーき、うどぉん」と流していると、酔っぱらいが「チリツン、チリツンツン ♪牡丹は持たねど越後の獅子は……」「もしもし、そんなとこにつかまって、ゆすらないでください」「いいじゃねぇか。おれはどうも、この越後獅子っていうのは、長唄の中でも…まことにいいもんだな」「さようでございますね、にぎやかで…」「なんだい、にぎやかてぇのは縁日じゃねぇや、だんだん文句をたたんでって、こん小松のこかげで、松の葉のようにこん細やかに……と。どういうわけなんだ、こん細やかにってぇのは?」「よくわかりませんが」「よくわからねぇったって、てめぇも言葉のようすじゃ江戸っ子だろ?」「さようでございます」「どういうわけで、こん小松のこかげで、松の葉のようにこん細やかにっていうんだ」「ですから、わかりません」「わからねぇったって気にいらねぇな、こん小松のこかげで……って、ひとつやってくれ」「そんなこと、できません」

「うん、そうだ、おめぇ、仕立屋の太兵衛ってのを知ってるか?」「いえ、存じません」「知らねぇこたぁねぇだろう。つきあいのいい人だぜ、あの人は。職人に似合わず字(て)をよくかいて、付き合いがよくってな、かみさんは愛嬌者で、娘がひとりいる。今年十八で、みい坊っていい女だぜ。今夜婿を取ったんだ。これが、親父よりも腕がよくって、男っぷりもいいし、似合いの夫婦だ、めでたいじゃねえか」「おめでとうございます」

「ああ、ありがとうよ…おれは、若けぇ時分から太兵衛とは大の仲よしで、向こうがいうにゃ『親類は少ないし、兄弟同様にしている間柄だから、どうか来てくれ』っていうんで、祝いに呼ばれると娘がでてきて、おれを上座に座らせて、おれの前に手ぇついて、いやにあらたまった調子で『おじさん、このたびは…』って切りだしやがったんだ。おどろいたねぇ、『このたびは…』なんて、よっぽど学問がなくちゃいえねぇぞ。おらぁな、みい坊がまだよちよち歩きの頃から知ってるんだ。よくおんぶしてやったもんだ。その時分にゃ、ションベンもらしちゃ、ピイピイ泣いてばかりいやがったんだが、立派な花嫁衣装を着ちゃってよ、おれの前へぴたっと両手をついて、『おじさん、このたびは、いろいろご心配いただきまして、まことにありがとうございました』ってんだぞ。おらぁ、もう、うれしくって、うれしくって、泣けてきちまってよ。涙でみい坊の顔が見えなくなっちまって、ああいうのをうれし泣きっていうんだぜ、そうだろう? はっはっは、うどん屋、めでてぇな」

「えへへへ、たいへんにおめでとうございます」「たいへんに、たぁどういうことだ。口先だけで、いやに大げさじゃねぇか。ばかにしてるな」「ばかになぞしてません、じゃ、おめでとうございます」「じゃ、ってこたぁねぇだろ。そういう不実なやつはきれぇだよ。なんでぇ、火に勢いがねぇな、もっと炭をついだらどうなんでぇ。ところで、おめえ、仕立屋の太兵衛ってのを知ってるか?」「へっへっへ」「あれっ、知ってんのかよ」「娘がひとりいて、今晩婿をとりました」「あれっ、おめぇあいつの近所だな」「『さてこのたびは…』っていいました」「あれっ、聞いてやがったな、この野郎。うん、おそれいった、隅におけねぇ、こんちくしょう…、水を一ぱいくれ。この水、いくらだ」「水のお代はいただきません。そろそろ、うどんをめしあがっていただきたいんで……」「ああ、そうか。ただか?」「もちろん、お代をいただきます」「それじゃいらねぇや、おれはうどんは嫌ぇだからな。あばよっ」

「なんだい、えれぇやつにつかまっちまったな。こんなに火をおこしちまって、あんなのにあっちゃ、夜商人はたまらねぇや、悪い晩だね、早く帰っちゃおう。この細い路地をぬけていくか。なーべやーき、うどぉん!」「うどん屋さん。あのね、子どもが寝かかってるの、静かにしてちょうだい」「へぇ…、ばかにしてやがるな。子どもが寝たか、起きたか、そんなこたぁわかるもんかい。かかぁがいう通り休んじまぁよかったな。路地だからいけねぇんだ、大通りへ出よう。なーべやーき、うどぉん!」

「(細い声で)うどんやさん、うどんやさん」「おや、あそこの大店(おおだな)で呼んでるぞ。ははぁ、奥に内緒で、うどんの一杯も食べて寝ようってんだな。あれだけの店じゃ奉公人は10人はいるね。ありがてぇな、だから商売はなまけちゃいけねぇ」「うどん屋さん、ここですよ」「(小声にしなくちゃいけねぇぞ) おいくつで」「熱いのをひとつ」「(この人が試しに食べて、うまかったら代わりばんこに食べに来るにちがいない) へぇ…お待ちどうさま」「早かったね。いただくよ…、うん、とってもおいしい。はい、ごちそうさま。ひとつで気の毒だったね」「どういたしまして」「おいくら? あっそう、ここに置きますよ」「ありがとうございました」「(しわがれ声で)うどん屋さん」「へぇ」

「おまえさんも、かぜをひいたのかい?」


「12月7日にあった主なできごと」

1827年 西郷隆盛誕生…大久保利通、木戸孝允と並び、徳川幕府を倒すために大きな功績のあった「維新の三傑」の一人西郷隆盛が生まれました。

1867年 日本初の紡績工場…薩摩藩は、イギリスのプラット社から3600錘もの紡績機械を購入し、技師をつきそわせてこの日その荷が長崎に到着。それからまもなく、薩摩藩は、家内工業的な機織にかわる近代的な「鹿児島紡績工場」を操業させました。
 
1878年  与謝野晶子誕生…『みだれ髪』など明治から昭和にかけて活躍した歌人であり、詩人・作家・思想家としても大きな足跡を残した与謝野晶子が生まれました。

投稿日:2012年12月07日(金) 05:49

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)