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位牌屋

「おもしろ古典落語」の95回目は、『位牌屋(いはいや)』というお笑いの一席をお楽しみください。

「旦那さま、まことにおめでとうございます」「こりゃ、番頭さん、おめでたいって、何がそんなにおめでたいのかな」「夕べ坊っちゃんがお生まれだそうで、これは、まことにおめでたいことで」「おいおい、冗談をいっちゃあいけないよ。今は、いろいろと物が高いから、かかりが大変だ。これから大きくなるまで食べさせなくちゃいけない。それだけ身代が減るじゃないか」

「しかしまぁ、旦那さまの跡取りがおできになったんでございますから…、お祝いに、せめて、味噌汁の実のほうでも入れていただきたいので」「おや、おかしなことをいうね。味噌汁の実は、毎朝、ちゃんと入ってるじゃないか」「えっ、拝見したことはございませんが?」「うん、ありゃ、3年前だったかな、歳の市で、山椒のすりこぎを買って来たが、そのときは2尺5寸くらいあった。昨日見たら1尺5寸くらいになってる。してみると、あの1尺がこの3年間、味噌汁の実になっていたわけだ」「こりゃあ驚きました。あれは、減ったんでございます。実じゃございません。何か入れてもらえませんかね」

そういってるところへ、表のほうを「えーっ、つまみ菜っ、えーっ、つまみ菜っ」とつまみ菜売りが通りかかります。「どうだ、番頭さん、つまみ菜なんぞは…」「へぇ、結構でございますな」「おいおい、八百屋さん。つまみ菜をもらおうか」「へい、ありがとうございます」「こっちは大所帯だから、かついでるのをみんなもらおうと思うが、みんなでいくらだ」「さようですな、いちどに買ってもらえるんでしたら、四百文にしときます」「安いもんだな、だが、上の方にいいやつを乗せて、下のほうに枯れっ葉なんぞ入ってないだろうね」「めっそうもない、商いは信用が大切でございます」「いやいや、品物は見ないうちは信用できない、開けて見せておくれ」「よろしゅうございます」

「定吉や、そこにある新しいむしろを持っておいで。持ってきたら、そこへ広げて……八百屋さん、そこへ、つまみ菜を全部開けてみせてごらん。うん、いざこうして開けてみると、ずいぶんあるもんだな。で、いくらにまけてくれる?」「まけろって、まけた上での四百文です。このまま家へ帰れると思って、元値におまけしたようなわけで」「けれど、いくらかはまかるだろ、気は心というじゃないか」「それじゃ、いくらにまければよろしいんで」「そうだな、八文にまからないか」「四百文から八文お引きするんで?」「いいや、ただの八文だ」「本気ですか? これは、そのへんの空地にはえてる草っ葉じゃないですよ」「そうだ、だから金を出して買おうってんだ」「金を出して? ふざけるない、こっちゃ、なにも盗んできたものを売るんじゃねぇや、ちくしょうめ、売らないよ、馬鹿にすんねぇ」とかんかんに怒って帰ってしまいます。「定吉や、ざるをもっておいで。持ってきたら、むしろにくっついてるつまみ菜を、そのざるに入れてみなさい。むしろが新しいから、つまみ菜がたくさんくっついてるだろ」「驚きましたな、ざるに一杯になりました」「そうだろ番頭さん、味噌汁の実ができたじゃないか。実にするのは半分だよ、残りはおひたしにしなさい」

「わかりましたが旦那さま、晩のおかずはどうしましょう…。うるさいね、まぁ待っておいで、そのうちなんとかするから」と、そこへサツマ芋売りがやってきました。「芋なんざどうだい、番頭さん」「ええ、よろしゅうございます」「そうかい、おいおい、芋やさん、こっちへお入り。そこへ荷物をおろしたら、一服おやり」「へぇ、では、そうさせていただきます」

「あのなぁ、芋やさん、いま小僧にたばこを買いにやったんだが、まだ帰らないから、ちょいと煙草を一服吸わせとくれ」「へぇ、よろしゅうございます。旦那のお口に合うどうかわかりませんが」「うん、いい煙草を吸ってるね、うまい。ところで、住まいはどこだい?」「谷中村で」「そりゃ、遠いな。で、家族は多いほうかね?」「女房と子どもの3人暮らしで」「買い出しはどこでなさる?」「田畑村あたりでします」「弁当はどうなさる?」「出先の飯屋で食うことにしてます」「そりゃもったいない。梅干しの一つも入れて弁当を持って出なさい。もしこの近くへきたら、うちの台所でお食べ、茶とタクアンぐらいは出してあげるから」「ご親切にありがとうございます」「あのねぇ、芋やさん、おまえさんの籠からひゅっと出ている赤いのは何だい?」「芋です」「ふぅーん、いい芋だ。そのむかし琉球から薩摩の殿さまに献上したというのは、こんな芋だったんだろうな、ちょいと見せておくれ」「どうぞご覧になって」「こりゃ、めずらしい形だな、食べるのにはおしい、床の間に飾っておきたいくらいだ。芋やさん、どうだい、これをまけておかないかね」「よろしゅうございます、まけましょう」「いや、ありがとう。商売は損して得とれっていうからな。そういえば芋やさんの顔には福相がある。ところで、住まいはどこだい?」この会話を、そっくり2回くり返えされた芋やは、3回目に「ところで、住まいはどこだい?」と始めたところで……

「わからない人だね、、さっきから、何度同じことをいわせるんだい…気がつくと、1本ただどりするじゃねぇか。どうでもいいけど、よく煙草もすったね、もう帰るよ、長居してたら、籠ごととられちゃう」と、芋屋は悪態をついて帰ってしまいました。こうしてタダでサツマ芋を2本と、煙草を二服ちょうだいした旦那は、小僧の定吉に、注文しておいた位牌を取ってくるように仏師屋へやります。それも裸足で行かせ、向こうにいい下駄があったら履いて帰ってこい、と命じます。

芋やと旦那の会話をそっくり聞いていた定吉は、仏師屋の親父に話しかけます。「小僧を使いにやったんだが、まだ帰らないから、ちょいと煙草を貸しとくれ」「てめえが小僧じゃねぇか」「うん、いい煙草を吸ってるね、うまい。ところで、住まいはどこだい?」「ここじゃねえか」「家族は多いほうかね?」全部まねして、今度は位牌をほめる。「いい位牌だ、置物にしたいくらいだ。形がいい。これをひとつまけときな」「おい、持ってっちゃいけねえよ、ここにある彫ぞこないだったらやるよ」ちゃっかり位牌を懐に入れ、いちもくさんに店へ帰ります。

「定吉かい、お帰り。下駄は履いてきたか?」「ちゃんと、この通り」「うん、これからが楽しみだな。おいおい、どうでもいいが、ちんばじゃねぇか」「あわてたもんで、これから取り返してきましょうか」「そんなことしてみろ、ぶんなぐられるぞ」「それから、旦那のまねして、たもとのなかへ煙草を入れてきました」「うん、そいつは上出来だ。たのんでおいた位牌はもらってきたか?」「うん、これか、なるほど見事なもんだな。なんだ、もうひとつ位牌があるな」「もうひとつはオマケです。位牌屋をおだてましたら、気前よくくれました」「ひとつありゃ、たくさんだろ」

「なーに、生まれた坊ちゃんのになさいまし」


「11月22日にあった主なできごと」

1263年 北条時頼死去…鎌倉時代の第5代執権で、北条氏本家による独裁政治の基礎を確立した北条時頼が亡くなりました。

1869年 アンドレ・ジッド誕生…『狭き門』『田園交響曲』『贋金つかい』などを著し、ノーベル賞を受賞したフランスの作家アンドレ・ジッドが生まれました。

1890年 ド・ゴール誕生…フランス建国史上最も偉大な指導者のひとりと評価されている政治家ド・ゴールが生まれました。

投稿日:2012年11月22日(木) 05:03

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)