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「人間探求俳句」 の石田波郷

今日11月21日は、水原秋桜子門下を代表する俳人として、闘病俳句の絶唱『惜命』など著わした石田波郷(いしだ はきょう)が、1969年に亡くなった日です。

1913年、正岡子規や高浜虚子を生んだ近代俳句発祥の地、愛媛県垣生村(現・松山市)に生まれた石田波郷(本名・哲大[てつお])は、小学生の頃から友人と俳句を作って遊んでいましたが、1930年旧制松山中学卒業後は、農業を手伝いながら、近くに住む俳人で「ホトトギス」派の五十崎古郷(いがさきこきょう)に指導を受け、「波郷」の俳号をもらいました。

古郷の勧めで、水原秋桜子(しゅうおうし)が主宰する『馬酔木(あせび)』に投稿するうち注目されるようになり、1932年2月に単身上京、10月には秋桜子の下で『馬酔木』の編集を担当するようになりました。やがて、清新な叙情俳句の数々に秋桜子門下を代表する俳人といわれるようになり、1934年に明治大学に入学、翌1935年秋に第1句集『石田波郷句集』を刊行後に大学を中退、句作に専念するようになりました。

1937年、主宰句誌『鶴』を創刊して詠んだ波郷の句「吹きおこる秋風鶴をあゆましむ」に対し、秋桜子は「昭和時代を代表する秀句」と絶賛しました。1939年に『鶴の眼』を上梓すると、当時さかんになった新興俳句運動に対し、中村草田男、加藤楸邨とともに「人間探求派」と呼ばれるようになり、俳壇の中心的作家として活躍しました。

第2次世界大戦中は、30歳で召集されて中国にわたりましたが、結核のために帰国、疎開先の農家で終戦をむかえましたが、病気が再び悪化、以後、死去するまで、手術と入退院をくりかえしました。しかし波郷は、病気との闘いを通して生をかみしめ、自身を深く見つめる数々の秀句を詠み続けました。1946年には『現代俳句』を創刊し、翌1947年には「現代俳句協会」を創立するなど、俳壇の再建に尽力するいっぽう、1950年には闘病俳句の絶唱『惜命(しゃくみょう)』を発表しました。この作品は、子規を先駆とする闘病俳句の最高傑作と称されています。

1954年には、『石田波郷全句集』が読売文学賞を受賞し、「ホトトギス」の「花鳥諷詠」に対する「人間探求」の俳句を深化させることに成功したと評されました。その後、病苦を乗り越え人生の日々を静かに凝視した句を詠み続けましたが、56歳で肺結核のために亡くなりました。

なお、オンライン「お得俳句案内」では、石田波郷のたくさんの句を読むことができます。


「11月21日にあった主なできごと」

1481年 一休死去…形式化した禅宗と僧侶たちを厳しく批判し、世間的な常識に真っ向から対立する奇行と人間味あふれる狂詩で世を風刺した室町時代の名僧・一休が亡くなりました。

1724年 近松門左衛門死去…江戸時代中期に人形浄瑠璃(じょうるり)や歌舞伎の作者として活躍した近松門左衛門が亡くなりました。

投稿日:2012年11月21日(水) 05:40

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)