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権兵衛たぬき

「おもしろ古典落語」の87回目は、『権兵衛(ごんべえ)たぬき』というお笑いの一席をお楽しみください。

ある山の近くの村に権兵衛という男が、床屋を営んでいました。話ずきなひとり者で、人が集まらない日がないというくらい評判のよいお店でした。仕事を終え、寝る前に酒を一杯飲んで床に入るのが何よりの楽しみの権兵衛、その夜も、いい気持ちになってうとうとしていました。すると、ドンドン、ドンドンと戸をたたく音がして「権兵衛、権兵衛」と呼ぶ声がします。「おぅ、誰だぁ、忘れものか。寝ちまっただ、明日にしておくれ!」

「(トントン)権兵衛、(トントン)権兵衛」「まだ、呼ぶだか、待ってろ、いま開けるから」と、戸を開けても誰もいません。「ははぁ、たぬきのいたずらだな、こらっ! (闇にむかって) 悪さしちゃだめだぞ」と戸を閉めて、ふとんに入って寝入ろうとすると、「(トントン)権兵衛、(トントン)権兵衛」「また来たな、悪いたぬきだ。よし、捕まえてやろう」

ところで、たぬきはどうやって戸をたたくかご存知ですか? いろんな説がありまして、一つは尻尾でたたくという説です。これは違いますね。尻尾ではバサ、バサっというだけで、人間がたたくようにはまいりません。もうひとつは手でたたくという説。これも違います。たぬきの手は小さすぎていい音は出ません。じゃ、どうやるのか? 戸に背中をむけて立ちあがり、頭でトントンと戸をたたくんだそうです。それを知っていた権兵衛、そっと土間へおりて戸に近づき、トントン……ときた拍子に戸を開けました。たぬきは後ろ向きに、もんどりうって転がりこんで、目を回しました。すばやく権兵衛は、荒縄でたぬきの手足をまとめてしばって、いろりの上のはりにぶらさげました。

さて、翌朝。朝飯を食べ、店のしたくを始めるころ、村の連中もやってきます。「おい、このたぬき、どうする気だ」「たぬき汁にすべぇよ、うめぇぞ」「皮はおれにくれねぇか」「殺すことはなんねぇ、今日は父っつぁまの命日だで」「たぬき汁を、真っ先に仏さまに供えればいいでねぇか」「だめだ、殺生はならねぇ」と、権兵衛は、たぬきが二度と悪さをする気が起きないように、こらしめて放してやることに決めました。「今度悪さをしたら、皮はいでたぬき汁にするぞ、いいな」こうして権兵衛は、カミソリでたぬきの頭をクリクリ坊主にした上、縄をほどいて逃がしてやりました。さすがにこたえたと見え、たぬきはしばらくやって来ません。

やれやれと安心していると、半月ほどした晩のこと。「(トントン)権兵衛さん、(トントン)権兵衛さん」「また来やがったな、あれほどいってきかせたのに。今度はさん付けだ。おべっかを使おうったって、そうは問屋がおろさねえだぞ。この前のように痛い目にあいてぇか?」 外でたぬきが、「もう決していたずらはしないからちょっと開けてください」と、しおらしく頼むので、権兵衛、しかたなしに戸をガラリと開け「何しにきたんだ!」 すると……

「親方、今夜はひげをあたってください」


「9月27日にあった主なできごと」

1825年 蒸気機関車初の開業…イギリスの発明家 スチーブンソン が蒸気機関車を実用化してから11年後、ストックトン〜ダーリントン間19kmを走る世界初の鉄道が開通しました。蒸気機関車はその後数十年で世界中に広まり、産業革命に大きな貢献をしました。

1917年 ドガ死去…「舞台の踊り子」(エトワール)などたくさんの踊り子の絵を描いた画家ドガが亡くなりました。

1925年 日本初の地下鉄…地下鉄銀座線(浅草─渋谷)の起工式が行なわれました。世界で14番目、アジア・オセアニア地域では初めての地下鉄路線でした。

1940年 日独伊三国同盟…日本・ドイツ・イタリア3国間で、軍事同盟が締結されました。この同盟により、結果的にアメリカ、イギリス、オランダとの利害対立を深めることになり、対日石油輸出禁止などの措置をとったアメリカとの交渉がいきづまって、太平洋戦争を引き起こすきっかけとなりました。

投稿日:2012年09月27日(木) 05:54

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)